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小説を書いた 第二章

第二章

1話「孤独のエスト」

 

「ひとりぼっちになってしまった」

 公園のベンチに腰掛けながら、エントは独り言ちた。実際に声を発したのか、心の中で言っただけなのか、自分でもわからないほど、意識が漠然としている。

 シルバーランクに昇格した矢先の、パーティ追放。

「……っ。なんで、なんで……!」

 頭を抱えるエント。エントの脳裏には、幼い頃の自分が思い出されていた。

 

 幼い自分と、アルテナ。

 エントは、今いる街とは違う、小さな田舎町で暮らしていたときのことを思い出していた。

 毎日のように、隣の家の女の子、アルテナと呑気に遊んで過ごした平和な日々。

 しかしそれは、唐突に終わることになる。

 後に、スタンピードと呼ばれることになる、世界的なモンスターの大暴動。モンスター討伐を請け負う、冒険者、というものが、重要な職業として認知されるきっかけとなったこの出来事に、エントとアルテナの故郷の村も巻き込まれたのだ。

 逃げ惑うエント一家とアルテナ一家。しかし、モンスターの襲撃にあい、子供を守らんとする両親は、エントとアルテナをかばって殺されてしまった。

「逃げろ……!」

 今わの際にそう言った親だが、幼い子供2人はどうすることもできない。仮に逃げたとしても、逃げ切れるはずもない状況だった。

 震えながら死を待つのみの幼い2人。

 そしてモンスターが2人を襲おうとした。そのときだった。

 モンスターの首は胴から離れ、地に落ちた。

 2人が唖然としていると、男が2人とモンスターの間に立ちはだかった。

 甲冑に身を包み、大剣を構えるその男は、襲い掛かるモンスターを次々と倒していく。そのうち、その男の仲間と思しき別の者たちも戦闘に参加していた。そして、驚きながらその様を見ていた2人に若い女が近づき、

「大丈夫?」

 と2人を介抱した。

 ほどなくして、その場にいたモンスターたちは全て倒された。

 大剣の男が振り返った。精悍な顔つきの若い男。モンスターの返り血で顔や甲冑はところどころ汚れている。しかし、絶望的な状況で颯爽と現れ命を救ってくれたその男は、エントとアルテナの目には絶対的なヒーローのように輝いて見えた。

「間に合わなくてすまない……」

 しかしその男は、気を落とした顔をして謝罪を述べた。半ば見惚れていた2人は、それで両親たちの死を思い出した。すると、助けられて安堵したぶん、恐怖一色だった感情が悲しみに上書きされていった。

「お父さん……お母さん……」

 幼い子供にはあまりに衝撃的な無残な遺体姿。泣き出しそうな2人を、傍らにいた女が、2人の視界を塞ぐように、胸に抱いた。女の腕の中ですすり泣く2人。女は、悲痛な面持ちで、言葉が出ない様子だった。

「生存者は集会所に集まって、防衛線を張ってるらしいぜ」

 仲間の1人が言った。

「わかった。この子たちを保護しながらそこに行こう」

 大剣の男が応える。2人を抱いている女は、2人の頭を撫でながら、

「今は辛いけど……いきましょう」

 そう言って2人を立ち上がらせた。

 男たちと2人は集会所に向かった。集会所の周りには、防衛線と呼ぶにはあまりに頼りないが、村の男たちが農具を構えて立っていた。

「この子たちを頼む」

「おお、エントに、アルテナ……よく無事で」

 大剣の男は集会所に入り、村長に2人を預ける。

「ご両親は……?」

 村長はそれだけ言ったが、2人の表情を見て、次に視線をあげて大剣の男を見た。大剣の男は首を横に振り、村長は落胆した。

「まだモンスターが残ってるみたいだぜ!」

 集会所の入り口で、大剣の男に仲間が声をかける。その言葉に、その場に逃げ込んできた生存者たちは怯え、ざわめく。

「防衛に参加するぞ!」

 大剣の男はそう言って外に向かう。

「冒険者さん、すみません。今はあなたがたが頼りだ。あとで報酬はできる限り払います」

 村長は男の背に声をかけた。男は振り返って微笑むと、

「困ってる依頼人を助けるのが俺たちの仕事です」

 そう言って外へ出て行った。

 その様子を見ていたエントとアルテナの脳裏に、冒険者、という言葉が刻まれる。

 

 その後、冒険者たちの活躍のおかげで、集会所にいた村人たちは全員が助かった。集会所に来られなかった人たちの中には、家の中に隠れて助かった者もいれば、残念ながら助からなかった者もいた。

 冒険者たちは、村にいたモンスターを駆逐した。危機が去ったことが確認されると、犠牲者の埋葬なども手伝い、村人たちとともに、墓に手を合わせた。

 そして、事態がいくらかは落ち着き、冒険者たちは村を後にする。冒険者たちが村を去る間際、エントとアルテナは彼らのもとに駆け寄り、言った。

「助けてくれてありがとう」

 

 それからほどなくして、生き残った村人たちは、ほぼ壊滅状態の村を捨て、町へ移動することを決めた。難民状態の自分たちを受け入れてくれるかはわからなかったが、またいつ同じことが起こるかもわからない状態で、村を再建しようとするよりは安全と思われた。

 そうして、エントとアルテナは、今いる町へとやってきた。町もモンスター襲撃の被害を受けていたが、冒険者ギルドがあって冒険者が常駐していたため、村ほどの壊滅状態ではなかった。

 エントとアルテナのように、親を失った子供たちは孤児院に預けられることになった。そこで2人は、自分たちを助けてくれた、あの冒険者パーティのようになりたい、と夢見ながら成長していく。

 もともと仲良かったうえ、同じ境遇で同郷の幼馴染とあって、2人はいつも一緒にいた。そしてたびたび、冒険者になって活躍する夢を語り合う。孤児院で生活しながら、運動神経の良かったアルテナは体を鍛え、剣術を学び、魔法に才能を見出したエントは魔力を鍛え、魔術を学んだ。

 エントは、アルテナの役に立ちたいと考えた。アルテナをサポートしたいと考えた。その思いは、付与魔術となって実現した。

「いくよ。アルテナ」

「うん。やって」

「(身体強化!)」

 冒険者になる前の2人。広場にて、木剣を手に構えるアルテナに、付与魔術をかけるエント。アルテナは、素振りをしたり、その場でジャンプしたり、前に跳ぶと同時に剣を薙ぎ払ってみたりなどした。そして振り返ってエントに笑顔を見せる。

「すごいよエント! 体が軽い! ほらほら! こんなに速く動ける!」

 感動をあらわにし、無邪気に動き回るアルテナ。その姿を見て、エントは心から喜びを感じた。

 その後2人は、15歳になる年になって、冒険者ギルドにその名を登録する。

 

「はあ……」

 エントはため息をついた。いくら回想の中の自分とアルテナが仲良しでも、現実の今の自分は、アルテナに追い出され、ひとりで公園のベンチに座っている、ただの付与魔術師だ。

 追い出された? 出て行ってくれと言われたことは確かだ。しかし、そう言われた原因が自分にあることは、自分でもわかっていた。

——2人に対する態度を改めてほしい——

 それは確かに、パーティを抜けることになったあのときより前にも、言われていたことだった。

「どうして2人にそんなにつらく当たるんだ?」

「パーティなんだから、もう少し歩み寄らないと」

 言い方は柔らかかったが、アルテナは苦言を呈してはいた。しかしエントは、そのたびに適当にはぐらかしたり、生返事をするだけだった。

 エントは、しかし、そのたびに、自分が自分でない感覚を覚えていた。

 そう。エント自身でも、なんでそこまで2人を嫌うのか、よくわかっていなかったのだ。

 正確には、なんで、ということはない。エントは、冒険者になる前から、なった後も、ずっとアルテナと2人で活動することを考えていた。いずれはアルテナとの間に子供をもうけて、家族で幸せに——などという空想をするのも、恋心を抱く少年としては自然だった。冒険者をしながらそんな暇があるのか、などという理屈は後回しだ。エントにとっては、アルテナとの冒険者活動は、ある意味デートのようなものと言えた。

 エント自身が、冒険者になりたいと望んだことは間違いない。自分たちを助けれくれたあの冒険者パーティのようになりたいという思いも嘘ではない。しかし、無意識のうちに、アルテナと2人でいることこそが目的で、冒険者はその手段になってきていたことは否めなかった。

 しかしエントは自分のその感情を整理して飲み込むことができなかった。だから、ミリアムやダールのことを、邪魔だと感じた。エントはその2人に接するたびに、自分の中に湧いてくるもやもやとした黒い感情をおさえられなかった。

 なんのことはなく、独占欲が満たされないから不満だ。と言ってしまえばそれだけのことである。しかしそれをそんな簡単に割り切れないから、エントにとっては、得体の知れないなにか恐ろしいものが自分の中に渦巻いているようで、その発露が2人に対する辛辣な態度であった。

 冷静に考えれば、なんでそこまでつらく当たったり嫌味を言わなければならなかったのか、自分でもわからなかった。しかし、要は、自分とアルテナの冒険の旅を邪魔されるのが、我慢ならなかったのだ。

 その結果が、現状である。かえって、アルテナに突き放され、目的を失ってしまった。

「あいつらさえいなければ」

 そんな自分勝手な思考がエントを侵食してくる。

「違う! そんなことアルテナは望んでない!」

 一方でそう言うのもエントの心だった。

 アルテナの目標のためには、パーティメンバーが充実するのはいいことだ。しかし、自分の本当の望みは、アルテナと2人だけで冒険すること、いや、アルテナと2人でいることだ。

 エントは二律背反に思い悩み、頭を抱えた。

 頭を抱えたまま息を吸い、吐く。

「これからどうしよう」

 頭をあげて、うつろな顔でつぶやいた。悩んだところで、結局いまの自分がひとりなことに変わりはない。何もしなくても腹は減る。メシを食わなければ生きてはいけない。メシを食うには働いて金を稼がなければ。

 エントは立ち上がり、ギルドに向かった。金を稼ぐだけなら手段は色々ある。とはいえ今の自分はギルドに登録している冒険者だ。考えがあるわけではなかったが、とりあえず何をするかといえば、それだけだった。

 

 ギルドに入った。クエスト帰りで疲弊して座り込んでいる者、これからクエストに行くために作戦会議をしている者、掲示板をチェックしている者、様々な人がいるが、いつも通りの光景だ。違うのは、自分が1人ということだ。

 なんとなく居づらさを感じる。追放されて1人になってここにいるということに後ろめたさを感じる。いつもなんでもなく話していた受付嬢と対面することすら抵抗がある。

 それでも、おずおずと受付カウンターに近付くエント。無意識に、カウンター奥の壁面に掲示されているクエスト中のパーティとメンバーの欄に目を通す。なにか、があったときに、出張っている冒険者、動ける冒険者などを、ギルド職員だけでなく冒険者たちもすぐに把握できるように、その情報の共有のためにそれは掲示されている。

 そしてそこに、サンシャインのパーティ名と3人のメンバー名。それに、フレイアの名を見た。驚くエント。

「もう……」

 自分が追放されたのが2日前。すでに新メンバーとともにクエストに出ている。しかもあの暴竜フレイアとだ。

 事情を知らないエントは、邪推する。追放は既定路線で、もともと実力の高いフレイアを加入する予定だった……? アルテナは、とうに自分を見放すつもりだったのか? と悪い考えがめぐる。

「エントさん?」

 声をかけられて、はっとするエント。掲示を見ながら茫然としていたエントに、受付嬢は察するところがあった。

「お話は伺ってます。えっと……」

 気まずそうにする受付嬢。

「シルバーランクにあがったばかりで、まだシルバーランクでの実績がありませんので、シルバーのソロ用クエストも、制限がかかる場合があります。ブロンズのクエストは紹介できますが……」

 いちおう、事務的なことを述べる受付嬢。

「そればかりやってても、ブロンズに降格される可能性があるんですよね」

 気を遣われていると感じながら、エントの方から言った。

「はい」

「シルバーのソロの依頼書見せてもらっていいですか」

 エントは力の無い声でそういい、受付嬢はエントに推奨できそうなクエストを見繕って手渡した。

3件の依頼書を渡され、目を通すエント。しかし、全く内容が頭に入ってこなかった。

「なんでなんでなんで。僕を追放してまであのフレイアを入れたかったのか」

 頭の中がぐるぐるしている。悔しくて、みじめで、目の奥が熱くなってくる。

 カウンターに肘をつき、手を額に当てて依頼書を読み込むようにするエント。受付嬢に見えないように、目をおさえる。

 そんな様子のエントを見て、眉尻を下げる受付嬢。そのとき、別の冒険者がカウンターに近付いてきた。

「すみませ~ん。クエスト受けたいんですけど」

「あ、カイさん、スイさん、こんにちは」

 カイ、スイ、と呼ばれた冒険者は、若い獣人族の娘2人だった。

「討伐系で、稼げるクエストないっすか?」

「そうですねえ……」

 若々しく明るい雰囲気の2人に、受付嬢はいくらか顔を綻ばせながら、ブロンズランクの依頼書を開く。

「あっ」

 受付嬢は思い出したように声を漏らした。

「なにかあります!?」

 獣人2人は期待して身を乗り出す。

「お二人にちょうどいい依頼が……どうしようかと思ってたやつなんですけど」

 受付嬢はそう言いながら、ブロンズの依頼書とは別の依頼書を取り出して、2人に見せた。

「……リフレクトスライム……?」

 2人は声を合わせて言う。

「なんでも、とっても希少なスライムらしいんですけど、常時、魔法反射の状態で、魔法はいっさい効かないらしいんです」

「ふむふむ」

「で、特別な魔装具の素材になるとかで、捕まえてほしいという依頼が来てるんです。でも、すごくすばしっこくて、そう簡単に捕まえられないとか」

「ふむふむ」

「基本的には向こうから攻撃をしかけてくることはないから、危険なモンスターではないとのことです。ので、危険性的にはブロンズランクなんですが、難易度としてはゴールドか、あるいはプラチナか……。というわけでランク分けが難しいので、ユニーククエストという位置づけになります」

「そ、それって、めっちゃレアなやつじゃないです?」

「そうです。滅多にあることじゃないですね。依頼人の方は、普段は王都で生活してるそうなんですが、今はたまたまこちらに素材集め目的でいらしていて、東の森でそれらしいモンスターを見かけたとかで。レア案件だけに、大々的にお知らせしづらかったんですが」

「そんなの、ウチらがやっていいんすか?」

「スピードに定評のあるお二人だからこそ、です。危険は少ない以上、できればブロンズの方に回したいですしね」

 その会話はエントの耳にももちろん入っていた。魔法の効かない動きの素早い希少なスライムの捕獲クエスト。自分には関係ないと思った。だいいち、自分に話しているわけではない。それより、エントは、あること、を考えていた。

「(魔法を反射する、リフレクトスライム……)」

「エントさん」

 あること、を考えていると声をかけられたのでエントは驚いた。顔をあげると、受付嬢がこっちを見ている。獣人2人も見ている。

「お二人に付いてあげてくれませんか?」

 心底意外な受付嬢の申し出に、エントはさらに驚いた。

 獣人2人は、一瞬いぶかしげにエントを見たが、エントの顔を確認すると、

「あ! サンシャインのエントさん!?」

 と声をあげた。

「ご存じでしたか」

「そりゃー知ってるっす! サンシャインさんといえば、ウチらブロンズの憧れなんで!」

 2人は裏のないきらきらした瞳でエントを見る。しかし、もうサンシャインの一員じゃないエントはその視線が痛い。

「エントさんは、事情があって、いまソロなんです」

 受付嬢はエントの心境を慮って、そう言った。エントは、ソロになったことで悔しさ惨めさを感じていただけに、なに勝手に言ってるんだよと思ったが、どのみち知られることだし、自分からは言いづらいなとも思った。

「もちろん、皆さんがそれで良ければなんですが……エントさんなら、お二人のお役に立ってくださると思うんです」

 何か根拠があるのか。エントは一瞬考えた。

「……僕は、かまいません。2人がそれでよければ。僕もクエスト受けに来たんですし」

「! ウチ、ウチらも大丈夫です! ていうか、ご一緒してほしいです!」

 獣人2人は喜んでそう応えた。実際、ブロンズランクの冒険者のなかには、サンシャインに憧れたり目標にしたりする者は少なからずいた。

「エントです。よろしく」

「私は、カイで、こっちは、スイです! よろしくお願いします!」

 カイとスイは頭を下げた。

 屈託のない2人に、エントは荒んだ心がいくらか和んだ気がした。

 

「エントさんは、サンシャインのときには、どんなポジションだったんですか?」

「見ての通り、後方支援さ。主に、付与魔術で味方のサポート。あとはポーションを用意したり」

「はあ……付与魔術……ですか」

 情報にあった、東の森を探索しながら会話する、即席パーティーのエント、カイ、スイの3人。獣人2人は、付与魔術、というものにピンときてないようだ。

「はは。付与魔術はあまり使い手がいないうえに、地味だからね」

 エントは自嘲する。

「あ! いえいえ! すいません! ウチらがよく知らないだけで!」

 実際、バカにしたり見下したりする意図はないんだろうな。そう思えるまっすぐさが2人にはあった。獣人族ならではの気質だろうか。

「2人は、どうなの?」

「ウチらは、格闘バカっすね。いちおう、回復魔法もちょっとは使えるんすけど」

「へえ……」

 回復魔法が使える格闘バカ。珍しい言葉の響きである。

「ちょっとくらいの傷だったら、自分らで回復しながら、ひたすら相手をぶん殴るだけっす」

 照れくさそうに言うスイ。語尾が、っす。となるのは、スイの口癖のようだ。それにしても、2人とも顔だちも振舞も可愛らしい感じがあるのに、やることは自己回復しながら脳筋撲殺とは。そのギャップにエントは苦笑した。

「あ! エントさんいま、ウチらのこと脳筋って思ったでしょ! その通りですけど!」

 そう言って口を尖らせるカイ。しかし不快そうな顔はしておらず、むしろ笑っている。2人してとにかく明るい。

 良い娘たちだ。と、単純にエントはそう思った。成り行きに任せてここまで来たが、楽しいと感じる。サンシャインで、ミリアムやダールが加入したあとに、こんな感じでクエストに赴いたことがあっただろうか。

 危険は少ないと言われているとはいえ、クエスト中とは思えない和やかなムードで探索を進める。すると、カイとスイは突然揃って真顔になった。

「なんか、いる」

「っぽいね」

 何か気配を感じたらしい獣人2人。エントは全く気付かなかった。これも獣人族ならではの感覚の鋭さなのか。それに、息が合っている。

「こっち」

「うん。エントさん、足音に気を付けて。ゆっくり」

 突然引き締まった空気に、エントは思わず唾を飲み込み、姿勢を低くして2人の後に続いた。

「いた……!」

 茂みの中から慎重に顔を出したカイとスイは、遠くに見える沢の近くに1匹のスライムを見つけた。エントも2人の視線の先を見たが、エントが想像していた5倍、いや10倍は遠くに、豆粒のような小ささでそれは見えた。

「(あんなに遠くの気配を察知できるのか……!)」

 思わず声に出したいくらい驚き、感心した。

「近付けるかな?」

「わからない」

 さすがに遠すぎるので、見失わないように注意しつつ、慎重に慎重に接近する。スライムは沢辺で休憩でもしてるのか、それとも眠っているのか——そもそもスライムが睡眠をとるのか知らないが——幸い、そこを動かずにいてくれた。

 近付くにつれ、そのスライムは、普通のスライムと違い、体表面が光っていることがわかってきた。それも、虹色に。半液状のその体はぐるぐるとその色を変えている。

「あれがリフレクトスライム……?」

「初めて見た」

 その体色は、常時魔法反射状態ということに関わりがあるのだろうと思われる。見るからに希少な存在だ。

「いけるかな?」

「やってみる。カイちゃん、フォローして」

「ん」

 小声で、最小限のやり取りで意思疎通する2人。連携ができあがっているのだろう。エントは、まだけっこう遠くないか? いけるもんなのか? と疑問を抱きつつ、自分の役割を思い出した。

「待って。付与魔術をかける」

 そう言って、2人に身体強化を付与した。魔力を感知されやしないかと思ったが、スライムは動いていない。

「いつもよりは速く動けると思う」

「ありがとうございます。それじゃ、いきます」

 スイは立ち上がり、構えた。3人がいるところから沢までは緩い下り傾斜になっている。スイは、力強く地面を蹴った。

「お、わ!」

 スイはスライムめがけて駆け出したが、上半身を思い切り後方に逸らしながら、スライムを通り越して、どばしゃあと沢に突っ込んでしまった。当然、突然の物音に、スライムは一目散に逃げてしまった。

 その様子を見てきょとんとするエントとカイ。沢に突っ込んで転んでいるスイのところへ駆け寄る。

「わ、わ、わ」

 同じく身体強化を付与されていたカイは、あまりに軽く、速く動ける体に戸惑い、足元がおぼつかない。

「……そんなに?」

 ノーマルな人間の脚で追いかけるエントは、2人を見て驚きっぱなしである。

 慎重な足取りで沢に下り、スイに近付くカイ。

「スイちゃん、大丈夫?」

「いたたたた……」

 ずぶ濡れになりながら立ち上がるスイ。腰と首の後ろをおさえている。予期しなかったあまりに速く動く自分の体に、上半身がごきんと後ろにのけぞって、腰と首を軽く痛めたらしい。

「カイちゃん、ごめ、回復」

 スイは回復魔法を使って痛みを取り除く。痛みが取れたカイは、首と腰を回して、一息つくと、

「す、すげーっす! なんすか今の! とんでもなく体が軽くて驚いたっす!」

 そう言ってその場でジャンプした。もともと俊敏で運動神経のいい獣人族だが、えらく高く跳ぶ。カイも同じようにびょんびょん跳びはね、2人してハイテンションで笑う。

「僕もびっくりだよ。こんなてきめんに効果が出たのは初めてだ。多分、2人の脚力がもともとすごいから、効果がよかったんだと思うけど」

 つまり、数字で表すのなら、2×2は4で、増える値は2だが、5×2は10で、増える値は5だというようなことだ。

「サンシャインの人たちはいつもこんな魔法かけてもらってたんすか! ずるいっす!」

 スイはシャドーをはじめる。エントには普段のその動きがどの程度かわからないが、少なくとも今はものすごい拳のスピードだ。

「はは。でも、スライムを逃がしちゃったね」

「またさがしましょう! 今度こそつかまえます!」

 3人は探索を再開した。カイとスイは高揚したままだ。

 付与魔術は、10分くらいは高い効果を維持するが、その後は30分くらいかけて少しずつ効果が落ちていく。だから効果が突然切れてその途端体が重くなる、ということはない。効果が切れる前にかさねがけはできるが、最大の上昇値より強化されることはない。だから、何度もかさねがけをすることで無制限に強化されるというようなことはない。

 探索をしながら、エントは付与魔術について説明した。説明を受けているときも、2人は、すごいすごいと興奮している。

 その後しばらく探索を続けるが、なかなか発見できない。

「驚かせちゃったし、遠くに行っちゃったのかな」

 隙があったさきほど捕獲できなかったことが悔やまれる。

 そのとき、スイはあることを思いついた。

「エントさん。目と耳と鼻に付与魔術ってかけられるっすか?」

 スイの提案にエントは目を丸くする。

「えっとそれって、五感強化、みたいなこと? やったことないけど、できるかな……」

「できたらやってみてください!」

 期待の眼差しをエントに向ける。

「それじゃあ……」

 スイに向けて手をかざすエント。

「(原理的には……魔力強化……あれの、体内の魔力を増幅させるイメージを、体の感覚に置き換えて……)」

 エントは術をかけた。

「あうっ」

 その途端、スイは強く目を閉じ、両手で耳を塞いで身をかがめた。苦しそうな表情をしている。

「だ、大丈夫!?」

 エントは、自分が何かやってしまったのかと心配した。カイもはらはらと心配する。

「ん、んん……だ、大丈夫っす……」

 ゆっくり体を起こすスイ。まだ目と耳は塞いでいるが、苦しそうな眉間の皺はなくなってきた。深呼吸して息を整えている。そして、ゆっくりと目を開け、耳を塞いでいる手を離した。

「ふうう~」

 息を漏らしながら、細かく体を震わせている。

「はああ~……やば、コレやっば」

 そう言いながら、目を見開いたり、強く閉じたりを繰り返し、左右に首を動かす。そうやって周りを見渡しながら、

「カイちゃんもやってもらってみてよ。これ、やばいよ」

 その顔は、またしても興奮で笑みがこぼれてきている。その言葉に、カイも期待を込めてエントを見る。

「最初だけ、なんかね、ぱちぱちっとする」

 スイは要領の得ないことを言った。体験した者なりの感覚があるのだろう。

 エントはカイにも同様に術をかけた。

「んふっ」

 スイと同じようなリアクションを取るカイ。そして同じようにゆっくり目を開ける。

「んふ~~~」

「ね? そうなるよね? やばいよねコレ」

「うん。やばい。すごいやばい」

 語彙力皆無の2人を見ていても、エントには2人の身に何が起こっているかわからない。いや、思った通りに術が成功したのであれば、さっきよりよく見えて、よく聞こえて、よく嗅げるようになっているはずではあるが、そうなった感覚が自分にはわからない。

「……あっち」

「うん。ね」

 スイはある方向を指さし、カイも同調して頷いた。

「エントさん。いきましょう」

 2人は指さした方向へ進み、エントも続く。

 それからしばらく歩いた。けっこう歩いた。まだ歩くのかとエントが思い始めたころ、2人は止まった。

「いる」

「うん」

 さっきのような沢が見えるところではなく、草がおいしげる場所だった。スライムがいたとしても、そのサイズからすると草むらに隠れて見えないはずだし、実際エントにはわからない。しかし2人はなにかを感じ取っているようだった。

「エントさん、またさっきの身体強化やってもらっていいすか?」

 スイは言った。

「もちろんいいけど、いま2人に使ったら、しばらく間をあけないと次は使えなくなっちゃうと思う」

「わかりました。大丈夫。今度こそ捕まえます」

 スイとカイは自信満々に微笑んでいる。スライムの姿も見えていないエントだが、2人に任せることにした。

「エントさんはここで待っててください」

 再び身体強化をほどこされた2人は、いきなり疾走するようなことはせず、身を低くして静かに動いた。エントのいる位置から遠ざかって、遠ざかって、遠ざかって、止まった。驚くほど遠い。エントは、さっきの沢のときよりもはるか遠くからスライムの気配を感じたらしい2人に驚愕した。

 標的を射程内にとらえたカイとスイ。さっきと同じように、スイが突撃して、カイがフォローする段取りだ。

 スイは、先ほどの経験から、どういうスピードで自分が標的に接近できてしまうかをイメージした。そして、地面を蹴る。

 すさまじいスピードでスライムに接近するスイ。今度は上半身が負けないように首も背も力をいれてかたちをきめ、前傾姿勢で突進する。

 さきほどより警戒心を強めていたスライムは、スイの接近に気付いた。当然再び逃げようと素早く動き出す。

 スイより少し遅れて駆け出していたカイは、スライムの逃走する方向を、極限まで高まっている感覚で読み切り、こちらもすさまじいスピードで一気にスライムの前に出て、行く手を阻む。

 スライムはぎょっとし……たかはわからないが、さらに方向を転換して逃走を試みる。しかしそこにはすでに、最初の突進からすでに体勢を整え、再び地面を蹴っていたスイがいた。

 両腕で抱き込むようにダイビングキャッチするスイ。そのままごろごろと転がった。

「うおおおおおリフレクトスライムゲットーーーー!」

「エントさーーーーん! ふくろーーー!」

 カイの絶叫が聞こえる。エントは慌てて、えらい遠くにいる2人のもとへ駆け出した。

 怒って……いるのかわからないが、スライムはスイの腕の中で暴れまくる。カイも加わって、2人がかりで抑える。

「こら! 暴れるな!」

 動きは素早かったが、捕らえてしまえば確かにこちらにダメージを与えてくるようなことはなく、その点の危険は確かに少ない。

 そうこうしているうちに、息を切らしながらエントが到着した。背嚢から折りたたんでいた袋を取り出す。そして3人で、逃げ出さないように袋に入れ、口をきつく縛る。袋の中でもじたばた暴れているが……。

「リフレクトスライム捕獲成功!」

 カイとスイは笑顔で声を揃えて手を挙げて喜ぶ。エントも釣られて、袋を持った手を挙げて応じた。

 3人は帰途についた。その道中も、カイとスイは興奮しながらワイワイ話す。

「なんていうかもう、目も鼻も耳も、ビンビンなんですよ!」

「ほんとほんと! なんなら毛穴で空気を感じるみたいな!」

 いくら言われても、体験してない、できないエントには実感としてわからなかったが、2人の興奮ぶりから、2人の感覚がなんだかものすごいことになっていたことは伝わってきたし、付与魔術なしでも鋭敏な感覚を見せていた2人だからこそ、それがより極限レベルまで強化され研ぎ澄まされたんだろうなというのは想像できた。

 さて袋に入れたスライムをさらに背嚢に突っ込んで、しばらく暴れていたものの観念したのか大人しくなった頃に、町に戻ってきた。

「依頼内容によると、コレは直接依頼人のもとに届けてほしいってことだね」

 エントは受け取っていた依頼書の写しを確認する。そしてそこには、依頼人がすでに王都に戻っていることも記されている。なお律儀に、かかる交通費も報酬に上乗せすると書かれている。

「行くしかないか」

 エントはそう言いながら、クエスト完了の目的の他、あることを考えていた。

 ところで、王都へ行くと言っても、そう気安いものではない。馬車を使う前提で、朝出発してギリギリ日暮れ前に到着できるくらいには遠い。スライム探索は早くからはじめていたが、なんだかんだ時間を要して今はほとんど夜である。

「明日出発するしかないね。今日はどこか宿にでも泊まって」

 エントはそう言って2人を見た。すると、2人はなんだかもじもじしている様子だ。

「どうしたの?」

「あ、いや、ウチら、馬車に乗るお金も、宿に泊まるお金もなくって……」

 恥ずかしそうにする2人。

「いや、寝るのはウチら、外でも大丈夫なんすけど、獣人だし、でもその……」

 馬車代を出してほしい、あるいは貸してほしいのだとエントはすぐに察した。エントはいちおう、サンシャインの冒険で得た報酬で、ある程度の蓄えはあった。皮肉とでもいうのか、アルテナのためにと考えていたものが。

「わかったよ。僕が出すよ。宿代もなんとかなるから、宿でゆっくり休むといい」

 呆れつつも笑みをこぼしてエントは言った。

「ありがとうございます! うう~超優しいっす」

「報酬を受け取ったらそこから必ずお返ししますね」

 カイとスイは大げさに、手と手を組んでまるで拝むような仕草をした。

 そうして町に戻り、サンシャインのときに利用していたのとは別の宿に行った。ギルド提携なのは同じである。

 部屋に入るとまたはしゃぐ2人。

「うおおふかふか! ふかふか!」

 ベッドの感触を堪能する2人。

「宿に泊まるなんて初めてです!」

 野宿で苦に思ったことはないし、寝床のために払う金は普段ないから、宿に泊まるなんて今まで考えたことがなかったという。

 四六時中ハイテンションで明るい2人に、疲労感を感じつつも、それに対し悪くない感じを抱くエントは、いちおうは女性である2人とは別の部屋を取り、なんとなく久々の満足感を覚えながら休んだ。

 

 翌日早朝、王都行きの馬車を手配して、3人は出発した。

 車中でもやはりハイテンションな2人。

「馬車に乗るの初めてっす!」

 幌を畳んで周りの風景を眺めながら進む。娘2人がわいわいきゃっきゃしているから、達観した大人のように自分でも感じているが、実はエントも初めてで、なんなら町の外の風景も初めてだった。

 果てしない草原、遠くに見える山。どれもが新鮮で美しい。

 ……とはいえ、1時間もすれば、たいがい同じ景色と気付く。エントも、娘2人も、早々に飽きて、ともすれば眠気が襲ってくる。

 途中、申し訳程度の茂みがあるところで、トイレ休憩と御者に言われ、マジかよと思いつつ用を足し、積み込んでおいた水や食料を口に入れ、もしもモンスターなどに襲われたら冒険者の我々が対応しないとなと思いながら、しかしそんなことはなく王都にたどり着いた。

 遠目に王都が確認できるくらいの距離に到った時点で、普段いる町よりも圧倒的に建物の数が多く、それとその高さが高いことがわかった。似たような景色に飽きていた3人も目的地が近づいてくるにつれてテンションが回復してくる。

「おおう……これが王都……」

 王都に着いた3人は、普段いる町とは全然違う街並みに感嘆の声をあげる。馬車から降りて、田舎者まるだしでキョロキョロしながら歩く。

「あ、依頼人のいるとこ——」

 エントは正気に戻ったように、依頼書に記してある依頼人の住所を確認する。

「もうじき日が沈むけど、今から行って大丈夫かな」

「わかりませんけど、これ以上このスライムを管理しながら持ち運ぶのも面倒ですよね……」

 スライムは、もう時々もそもそと動くくらいで、手がかかることはないが、単純にかさばるし、早いとこ依頼人に渡してしまいたい気持ちはあった。

 3人は宿より先に依頼人のところに向かうことにした。街の人に、この住所はどこかと聞きながら歩いていく。

「ここか。えっと、依頼人の名前は……トレイ・スターク」

 一見、普通の一軒家にたどり着いた3人。さっそく玄関の前にぶら下がっている紐を引く。家の中で、カランカランと音が鳴っているのが聞こえる。

 ……しかし、それきり反応がない。もう一度呼び鈴を鳴らすが、やはり同じ。

「留守かな?」

「でも、灯りはついてる」

 確かに、家の中の灯りが窓から漏れている。

 エントは玄関のドアノブに手をかけた。

「ま、まずくないっすか?」

「……開いてる」

 鍵がかかっておらず、ノブを回してドアを引くと、ドアが開いた。

「ごめんくださーい。スタークさーん?」

 顔だけ家の中に入れて呼ぶ。反応はない。

「いや、いるっすね」

 エントの下から同じように顔だけ家の中に入れているスイが言った。さすが獣人族の感覚だ。

「スタークさーん? 依頼のスライムをお持ちしたんですがー?」

 そうエントが言うと、家の奥でなにか物音がした。かと思うと、先ほどまでとは裏腹に、どたばたとあわただしい音が聞こえ、奥の方から男が現れた。

 いかにも研究一筋といったイメージの中年男。驚いたような顔をしながら、玄関にいるエントたちに近付く。

「ススス、スライムって、まさか……?」

「え、ええはい。依頼にあった、リフレクトスラ……」

「マジか! ちょっと見せてくれ!」

 興奮した様子の中年男に若干引きつつ、エントは背嚢をおろし、背嚢の中の袋の口を少し開いた。

「う、おほっ、ほおおっ!? ……見づらい! ちょちょ、もっと明るいとこに!」

 鼻息の荒い中年男——トレイ・スタークは、家の中の照明のそばへと促した。そこで改めて中を確認する。

 普通のスライムとは明らかに違う、虹色ボディ。

「おおおおおっ。本当だ!」

 そう言って、そのまま袋をつかんで引っ張ろうとするスターク。しかしエントも力を入れてそれを止める。

「報酬をお願いします!」

 依頼人本人の家なのだから持ち逃げの心配は少ないが、大事なことだ。

「むむむ、そうだな」

 スタークはもどかしそうにしながらも、またどたどたと家の奥に消え、しばらくするとどたどたと、カバンを持って戻ってきた。

「カバンごとくれてやる! ほらほら、早くそれを!」

 ぶっきらぼうにカバンを突き出すスターク。エントがそれを受け取ると、スタークもスライムの入った袋を取った。

「やったあああ! ありがとう! いやこんな早く持ってきてくれる人がいるとは思わなかった! ていうか別に期待してなかった!」

 大興奮のスターク。それだけレアなのだろう。リフレクトスライムという名前すら聞いたことなかっただけはある。そしてそのレアさんに報いるように、

「こ、こんなに!?」

 カバンの中を確認したエントが声を裏返す。エントのそばからそれを見たカイとスイも同じように驚愕する。カバンの中には、大量の銀貨が入っていた。

「十分だろう? 本当にありがとうな! それじゃこれで!」

 客人が帰るのを確認するでもなく、スタークは再び家の奥に向かおうとする。

「待ってください!」

 しかし、そう声をかけたのはエントだ。スタークはそわそわした様子で振り返る。

「なんだね?」

「魔装具の素材にする……とのことでしたよね。よければ、それを見学させてもらえませんか」

「なんだ、興味があるのか? だが、そりゃダメだ。企業秘密だな」

 半ば予想通りの答え。エントは口惜しそうに目を伏せる。

「ふむ。とりあえずいったん引き取ってくれんか。その、魔装具の素材にする、その作業を早くやりたいんでな。明日、午後3時頃にまた来るといい。話は聞くし、答えられることには答えよう」

 エントの様子を見て慮ったのか、スタークはそう提案してきた。エントは顔を上げ、いくらか嬉しそうに、

「本当ですか! わかりました!」

 と言い、カイとスイとともに、その場は引き下がった。

 スタークの家から出る。すでに薄暗かった空は、さらに暗さを増していた。

「宿を探そうか。僕はまた明日ここに来たいし、この時間じゃ帰りの馬車もないだろうし」

「そうっすね。……お金ならたんまりありますし、ちょっといいとこ泊まっちゃいます?」

「調子に乗らないでスイちゃん。無駄に使う必要はないでしょ?」

 もみ手しながらおどけるスイをたしなめるカイ。エントは2人の関係性がわかってきていた。

「僕はどこでもいいけど……せっかくだし、食事を出してくれるところに行こうか」

「さすがエントさん! 話がわかるっす!」

「もう、スイを甘やかさないでください!」

 カイは口を尖らせつつ、笑っていてまんざらではなさそうだ。

 3人は、ちょっといいとこ、に向かうことにしたが、初めての街で勝手がわからない。道行く人の数は減っていたが、どうにか宿がある場所を聞いて移動する。

 

「3名様、ふた部屋、お食事付きでございますね。はい。宿泊可能でございます。おひとり様10バルシとなります」

 10バルシは1ドルーゴでもあるのだが、要は銀貨10枚ないし金貨1枚のことだ。

「い、意外とするんだな」

 普段、ギルド提携の安宿を使っているエントはその額に驚いたが、いまの手持ちからすると余裕ではある。

 いちおう性別を配慮して、男女別に部屋をとり、それぞれ荷をほどいた。いったんエントに任された報酬の銀貨は、エントの部屋に据え付けてある金庫に入れた。エントは、分配しようかと提案もしたが、とりあえず今はそのままカバンに入れておいたほうがかさばらないから、もとの町に戻ってからでいいというカイとスイの意見だった。

 3人は宿の中にある食事場へ行った。

 ビュッフェ形式のレストランだ。3人は、ずらりと並べられた料理の数々に驚き喜んだ。スイなどは、わかりやすく目を輝かせている。

「王都の食べ物ってのは、うまいっすね!」

 それぞれ料理を取ってきて、食事する。スイの言う通り、いつもの町ではなかなかない味わいだ。いつもの町の食事場は、もっと単純な味がする。

 カイは、食事をしているエントを見て、口を開いた。

「エントさん。今回は、本当にありがとうございました」

 唐突に言われたエントは、目を丸めてカイを見る。

「エントさんのおかげで、クエスト成功できて、王都なんて滅多に来られないところに来られて、こんな食事までできて……ありがとうございます」

 小さく頭を下げるカイ。

「そうっすそうっす! エントさんの付与魔術のおかげで、とんでもない速さで動けて、だからあのスライムを捕まえられたっす」

 カイにならって、スイも頭を下げる。

 エントは照れくさくて、慌てて言った。

「いやいやいや! 2人の実力のおかげで、僕の方こそ大したことないのに、おこぼれで報酬受け取っちゃうみていな感じで」

「そんなことないですよ。正直、付与魔術って最初聞いたときは、ピンと来なかったし、どういうものなのか半信半疑みたいなところあったんです。でも、実際にやってもらったら……ね?」

 カイは笑ってスイのほうを見た。スイはぶんぶんと首を縦にする。

「それに、エントさんは荷物持ちやってくれたり、私たちに気を遣ってくれていて、嬉しかったです」

「そうそう! エントさんめっちゃ優しいっす! サンシャインの人たちは、こんなエントさん手放しちゃうなんて、もったいないっす! 見る目ないっす!」

 スイはそう言うと口を尖らせて腕を組んだ。

「はは。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 本音だった。

 なんだこの評価は。サンシャインのときも、付与魔術に関してはおおむね認められていた。が、こんなに手放しで褒められたことはない。

 エントはうずうずするような喜びを感じていた。

「エントさん! これからも一緒に冒険しましょうよ!」

 スイはにこにこしながら言った。

「私からもお願いします!」

 カイも同様に言う。

 こんな展開は予想外だった。サンシャインを追い出されて、ひとりでやさぐれていたのに、今は必要とされている。

「僕でよければ、僕のほうこそ、お願いします」

「やったー!」

 ここに新たなパーティが誕生した。

 

 食事を終え、部屋に戻る途中、

「キミたちは、明日先に帰るかい? そうなら、やっぱり今のうちに報酬分配しておこうか」

「せっかく王都に来たんですし、明日は色々見て回ろうかと思ってます。明後日の朝には発つと思いますけど……」

「そっか。僕は……まだわからないな。明日の話し合い次第じゃもう少し滞在するかも」

「……興味ありますか」

「そうだね。これでも、魔術師のはしくれだしね」

 それも嘘ではなかったが、エントの狙いと目的は、それとは別に明確だった。

「どのみち、明日の今頃はまたここにいるだろうから、そのときの状況で」

「わかりました。それでは、おやすみなさい」

「おやすみっす」

 それぞれ部屋に入って、休んだ。

 

 翌朝、3人はまた、一味違う王都の宿の朝食に舌鼓を打ち、満足すると外出した。

「私たちは、ノープランですけど、適当に散策しようと思ってます。エントさんも、時間まで、どうですか?」

「ごめん、せっかくだけど、図書館に行ってみたいんだ」

 王都には、いつもの小さな町よりもずっと蔵書数の多い大きな図書館があるのだ。

「ええ~! エントさんこんなときもお勉強っすか? ちょっとは遊びましょうよう」

「スイちゃん。エントさんを困らせちゃダメでしょ」

 結局、エントはカイとスイと別れて行動する。

 エントは目的の図書館に着いた。確かに、見慣れた町の図書館よりもずっと大きくて威厳さえ感じる建物だ。

 中に入り、ずらりと並んだ本棚に、これまたずらりとひしめきあっている書物に感嘆するエント。嘆息を漏らしつつ、魔法書のコーナーに向かう。魔法書のコーナーも多くの書物があり、あれもこれもと目移りする。その中でエントが選んだ本は、

「魔導目録」

 この世の様々な魔法が多数載っている1冊だ。

 パラパラとめくるだけで、攻撃魔法、回復魔法と本当に様々な魔法が紹介されているのがわかる。しかしエントの興味は、付与魔術師らしく、付与魔術だ。

 身体強化、魔力強化など、自分でも使えるものが紹介されている。そして見つけた。魔法反射の術だ。

「大魔導士テクノは、大魔王ドーンの強力な大魔法を反射し……」

 神話のような、かつてあったとされる勇者パーティと魔王との戦いの話。他の魔法に比べると、記述が具体的でなく、伝説上の存在なのだとわかる。

「(本読んだだけで使えるようになるなら、みんな使ってるよな……)」

 いちおうはここに来て調べてみたわけだが、ある意味期待通りの結果となった。

 エントは、ギルドで、リフレクトスライムの話を聞いたときから、魔法反射の術に興味しんしんだった。

 

「物体に魔法反射を付与して、それに付与魔術を反射させられないかと考えてるんです」

 図書館で時間を潰したあと、時間になってスタークのもとを再び訪れたエントは言った。

 自分に付与魔術をかけられないエントは、付与魔術をなにかに反射させることで自分にかける。そんな風にして欠点を補えないかと考えていた。

 話を聞いたスタークは、腕を組みながら頷いた。

「なるほど。だから、リフレクトスライムを素材にするところを見学したい、と」

「はい。私としては、自分の装身具……例えばネックレスなどに、魔法反射を付与した状態にできないか、と。あるいは、作業を見学させてもらうことで、自分自身で魔法反射の術を習得できないかとも」

「自分で習得って、そりゃキミ、伝説クラスの術をそう簡単に習得などできまい」

「……しかし、装身具に付与することは、できますよね?」

「そりゃあ、これからやろうとしていることだしな」

 いわく、スタークはリフレクトスライムから魔法反射の魔力成分を抽出し、それを盾に定着させることで、魔法を反射する盾を作ろうとしているとのこと。

「でも、それこそ簡単にできることではないのでは?」

「そりゃそうだ! 簡単になどできるものか! 私がどれほど苦労して技術的に可能レベルまでもっていったか……」

 この世には、炎を発生させる剣、風を起こす斧、敵を凍り付かせる槍、などがどこかにあるなどと噂されているが、そのどれもが伝説上の存在だ。本来、物体になにかしらの魔法効果を付与して、しかもそれを常時発揮できるようにするなど、神の奇跡レベルの出来事と言っていい。

「見せてもらうことはできないでしょうか」

「企業秘密だと言っただろう……まあ、見たところで理解できるとも思えんが」

 スタークの態度が軟化しはじめた。

「見るだけだぞ。で、見たことを他人に言い触らさないこと」

「ありがとうございます!」

 スタークはエントを家の奥に案内する。扉を開けると、地下へ続く階段がある。階段の下にはさらに扉が見える。その中で研究や作業を行っているらしい。

「私はこの街じゃ変人扱いでね。私のしていることにここまで食いついてきたのはキミが初めてだ」

 階段をおりながらスタークは言った。

 地下室に入ると、そこには、何に使うのかよくわからない器具、何に使うのかよくわからない液体、何を書いているのかよくわからない紙などが所せましと置かれていた。そして、先日捕まえたリフレクトスライムが、透明の容器に入れられていた。容器はなにかの管と接続されており、その管の反対側はなにかの装置に接続されている。

「ざっくり言うとだな。まずはこのスライムから、魔法反射の魔力成分を抽出する。そして管を通ってこちらの装置に成分が蓄積されたら、目当ての物体——今回は盾だな。に、時間をかけて定着させていくと」

 スタークはそう説明した。

「ほお」

 その話そのものはわかるが、どうしたらそんなことができるのか、エントにはさっぱりわからない。その部分がスタークの長い年月をかけた研究の成果なのだろう。

 エントは容器の中のスライムを見つめる。

——そもそも、どういう理屈で常時魔法反射状態になっているのだろう。魔法反射の術が切れることないよう、常にかさねがけをしている? 魔法反射の術が使えたとして、そんなことが可能だろうか? 自分は普通の付与魔術だって、あまり連続では使えない。休み休みならまだしも、間髪入れずに連続使用となると、6回も使えばへろへろになってしまう。だとすると、このスライムの魔力が規格外の底知らずだったりするのだろうか、いやそもそも魔法反射の術を使ってるというのも仮定の話だし、だいたいスライムが伝説級の魔法を使ってるって。——

 スライムを見ながら思考をめぐらすエント。

「(なにか方法はないだろうか)」

 そう考えていると、

「そういや難しい作業になるし、助手がいてもいいなと思ってたなー。いい人材いないかなー」

 という、白々しいスタークの声が聞こえてきた。当然エントは一も二もなく、

「やります!」

と言った。

「でも、なぜ?」

「うーむ。好奇心に湧くキミの姿が、若い頃の私と重なった。では、ダメかな?」

「……いえ、いいえ! 光栄です!」

 エントはほとんど無意識にスタークの右手を両手で取り、握手をした。

 

「というわけで、僕はしばらくスタークさんのとこでお手伝いをすることにした。パーティ結成早々、勝手で申し訳ない」

 その後、宿でカイとスイと合流したエントは言った。リフレクトスライムの研究装置などの話は、口止めされていたが、カイとスイはどのみちリフレクトスライムのことはもう知っているし、パーティメンバーに事情を説明しなければいけないということで、2人に話すことに関しては許可をもらっている。

「いえ。それはきっとエントさんのためになることなんでしょうから、それをとがめる理由なんてありません」

「そうっす! それにお金ならしばらく分あるから、心配いらないっす!」

 2人は別行動に同意し、明日の朝馬車で戻ることにした。報酬も分配する。

「戻ったら、ギルドでパーティ結成の手続きをしておきます。えと、エントさんがリーダーでいいですよね?」

「え? いやいや、2人のどちらかにしてよ! 僕は、今まで2人でやってたところに加入するわけだし」

「でも、この中で個人でシルバーランクなのはエントさんだけですし……」

「そんなこといいって。」

 結局、リーダーはカイがなることになった。そして、パーティ名も決めた。

「……サンライズ。なんてどうかな」

 提案したのはエントだ。

「か、かっこいいっす! それでいきましょう!」

 2人は同意した。

 

 翌日、エントはカイとスイを見送り、自身はスタークのもとへ向かった。今日からスタークのもとで住み込みで手伝いをする。

 手伝いといっても、やることは簡単だった。装置を動かすのは手動だから、それをやるだけ。それも、ハンドルを回すだけだ。ただ、ひたすらやる必要があった。別に力はいらず、速くやる必要もないが、ひたすらハンドルをぐるぐる回すだけ。つまらないことこの上ない。力はいらないといっても、同じ動きをしていれば疲れてくる。

「よし。今日のところはこんなところだろう。明日も頼むよ」

 はあと大きくため息をつきながら、エントは手を離した。右手で回したり、左手で回したり、両手で回したりしていたが、結局両腕がだるい。こんなこと明日もやるのかとげんなりする。

 しかし、スライムが入っている容器の横、抽出した魔力成分を溜めておく容器を見たとき、エントは疲れも癒えたような気持になった。

 ほんのわずかではあるが、虹色にきらきらと輝く液体……気体? どちらともつかぬような何かが溜まっている。

「これが……」

「そう。魔法反射の魔力成分だ。仮にこれに魔法をぶつけたら、反射するだろうな」

 単にハンドルを回していただけで、頭脳など必要とせずなんなら子供でもできる作業でしかなかったが、その明らかに希少な物質の抽出に、自分の手が関わっていると思うと、嬉しかった。

「こんなことができる装置は間違いなく世界にここひとつだけだ! そしてこんなものを作れるのは私だけだ!」

 スタークは自慢げに笑った。

 

 一週間後。

「よーし! 抽出しきったぞ!」

 そのスタークの声に、疲労困憊のエントは近くの椅子に座り込んだ。

 虹色だったリフレクトスライムは今やただの半透明の、普通のスライムになっており、魔法反射という特殊能力など見るからに持っていない見た目になっている。

 そして、容器いっぱいに溜まった魔法反射の魔力成分。大きい試験管というようなかたちのその容器いっぱいに、虹色の物質が溜まっているのがわかる。ただの実験器具であるそれが、格別に美しく見える。それ一本でどれほどの価値があるだろうか。

「いや~ご苦労! それでは、こいつをだな……」

 スタークは、ごとごとと、盾を持ってくる。普通の騎士が使うような、普通の盾だ。

 それを、スライムを入れた容器の横の、魔力成分を溜めた試験管の横の、なにやら大きめの箱の中に入れた。

「この盾に、この成分を定着させる。そうすれば、伝説クラスの、魔法反射の盾の完成だ!」

 楽しそうに語るスターク。そして、

「そうそう。ついでにこれもな」

 ポケットから、なにやらアクセサリーを取り出す。

 いかにも安っぽい、青みがかった透明の石をあしらったネックレス。それを盾と一緒に入れる。

「キミの頑張りのおかげで多めに抽出できたっぽいし、これくらいおまけで大丈夫だろう」

 スタークはエントを見て言い、にやりとする。エントは、その言葉の意味に、思わず笑みがこぼれそうになる。

「え、まさか……」

「ああ。これをキミへのプレゼントとしよう」

 スタークのはからいに、エントは思わず両拳を胸の前で握って体を震わせた。

「ありがとうございます!」

 

 待つこと一週間。

 先だっての一週間とは裏腹に、手伝いに関しては何もすることがない日々が続いた。図書館に行ってみたり、観光してみたり、評判の食事やに行ってみたり。

 こんなことしてていいのかと思い始めた頃、

「できたぞ……!」

 ついにその時が来た。

 箱の中から取り出される盾。一週間前はごく普通の盾だったはずのそれは、角度によって色が変わる、虹色の光沢を持つ盾に変わっていた。そして、一緒に入れていたネックレスも取り出される。それも同様に、安っぽかった石が、高級品のように変貌を遂げている。虹色に煌めくさまは、妖艶でさえある。

「さあ。これはキミのだ。受け取りなさい」

 スタークはネックレスをエントに差し出す。エントはそれを受け取った。自分の手の中にあるそれに、エントは笑顔を隠せない。

「試してみていいですか?」

「ここでか? まあ、いいが」

 待ちきれないエントは、さっそく効果を試してみたい。理屈の上では、これに付与魔術を反射させれば、自分に強化が付与されるはずだ。

 右手でネックレスのチェーンを持ち、腕を伸ばして石の部分を自分の前に垂らす。そうして、付与魔術の対象をその石として、付与魔術を使用する。空いている左手を石にかざし、魔力を集中させ、放つ。

 一瞬石は強く光り、エントの魔術を跳ね返す。使用したのは身体強化の術。反射された魔法は、魔法の使用者にかえってくる。

「体が軽くなったような……」

 エントは、似合わないシャドーなどしてみる。しかし場所が場所だけに、本気で拳を振ったり走ったりできず、いまひとつ実感がわかない。

 そこで、外に出てとりあえず走ってみることにした。カイとスイが、身体強化の直後、その自分の身体を持て余していたことを思い出し、上半身も構えておく。

 地面を蹴った。一瞬でこんなに遠くまで……というほどのことはなかったが、明らかに普段の自分より速いのは十分わかる。カイとスイを基準にすると物足りなく感じるが、おそらくいつもの倍は速い。

「はは! こりゃ凄いや」

 スタークの家の前を往復するエント。心肺機能も強化されているのだろう、運動量の割になかなか疲れてこない。

 立ち止まり、今度は思い切り拳を突き出してみる。自分の拳と思えないほど、速く鋭く、キレのあるパンチ。楽しくなって、つい何度も拳を振ってしまう。カイとスイがあれほど興奮してたのもわかる。

 そう。今はじめて付与魔術を自分の身体にかけたエントは、今まで人にかけていたそれの効果を、実感し、知った。

「こんな便利な術を使ってもらいながら戦ってたのか! そりゃブロンズ程度なら楽勝できるわけだ!」

 貢献が認められていなかったわけではない。しかし、実感として平常時との差がエントにはわからなかった。それを今知ったことで、エントの中に自信が生まれてきた。

「気に入ったかね?」

 スタークに声をかけられ、つい興奮して動き回っていた自分に気付いて、気恥ずかしさを感じたエントだったが、

「はい!」

 と明るく返事をした。

「でも、本当にいいんですか? こんなに小さい石でも、とても貴重な物になったと思うんですが。報酬金だってもらってるのに」

「いいさ。ついでだったし」

 気楽そうに言うスターク。

 スタークには、全てつっぱねて拒否するより、小さく望みをかなえてやったほうが、しつこく頼み込まれたり変に恨まれたりしにくいだろうという計算があった。おかげで、エントはエントで満足の結果が得られて丸くおさまったわけだが。

 スタークの思惑は知らぬまま、感謝して帰途につくエント。およそ半月ぶりに町に戻ることになる。先に帰っているはずのカイとスイのことを思い出し、新しく得た力で、もっと2人をサポートできる、3人でもっと上を目指せると考える。

 サンシャインのことも思い出す。そして、新たに知った自分の付与魔術の効力を考えると、それがない今、果たしてどうなっているかと想像した。

 エントは思わず口を歪ませた。

 

 いつもの町に帰還した。エントはまず、カイとスイに戻ったことを報告しようと思った。が、そういえば2人が普段どこに寝泊まりしているかなどを聞いていなかった。そこでエントは、とりあえずギルドに向かった。

 ギルドに着き、中を見回すが、たまたま2人がここにいるということはなかった。受付嬢に話しかける。

「あ、エントさん。お久しぶりです。カイさんとスイさんから伺っていますよ」

 受付嬢に会うのもおよそ半月ぶりだ。カイとスイはパーティ結成の登録をやってくれたようだ。

「お二人とも、とても嬉しそうにしていましたよ。良いパーティなりそうで良かったです」

 そう言って受付嬢は笑った。エントは照れくさい気持ちになる。

「2人から、何か聞いていますか?」

「毎朝一度はここに立ち寄るから、戻ってきたらその時間に来てもらうか、掲示板にメッセージ残してほしいと言ってましたね」

「わかりました。ありがとうございます」

 今2人がどこにいるかはわからないが、とりあえず明日の朝には合流できそうだ。そうしたらクエスト攻略など今後の展望を3人で話し合って——そんな風に思案しながらギルドを後にしようとすると、そこにクエスト帰りのパーティが入ってきた。出入口付近で対面する。

「アルテナ……」

「エント……」

 入ってきたのはサンシャインの一行だった。

 サンシャインの4人は、クエストで苦戦したのか、みな一様に、ぼろぼろ、と表現していい有様だった。銀麗と謳われたアルテナも、見る影もない。

 それを見たエントは、また思わず口を歪ませた。

 

 第2章 完