送りバントの有効性についての疑問
現代野球では送りバントは非効率だということが常識になっている。らしい。
人によっては、ありとあらゆる全ての状況において、バントは得点期待値も得点確率も下げる敗退行為だと豪語する。
本当にそうだろうか?
送りバントが非効率だという説を支えるのは、セイバーメトリクスにおけるリンゼンモデルというものだ。
それは、イニングのはじまりから終わりまでの、アウトカウントと塁状況別に、得点確率をまとめたものだ。
その中から特に抜粋されるのが、ノーアウト1塁時の得点期待値、得点確率と、ワンナウト2塁時の得点期待値、得点確率だ。
ノーアウト1塁の得点期待値、確率より、ワンナウト2塁時の得点期待値、確率のほうが低くなる。
だから、ノーアウト1塁から送りバントをしてワンナウト2塁という状況にすることは、得点期待値、確率を下げる行為だ。
という主張である。
なるほどと思うが、違和感がある。
ノーアウト1塁時の得点期待値、確率は、その後に送りバントをしたケースも含まれているはずだ。
それにワンナウト2塁時の得点期待値、確率は、ノーアウト1塁からの送りバントによってのみから出されたものではないはずだ。
その2つのパターン(というよりリンゼンモデルの全てのパターン)の期待値や確率は、野球の試合の全ての内容を集計した結果に過ぎない。
ひとつひとつの状況に応じているわけではない。
当たり前だが、得点圏打率の高い強打者の前の送りバントと、得点圏打率の低い打者の前の送りバントでは、その後の得点確率は変わるに決まっている。
そして、得点圏打率の高い強打者の前に送りバントを行ってワンナウト1塁になった、という状況だけを抽出して集計すれば、全パターン集計よりも得点期待値も確率も高くなると推測できるし、実際そうなるはずだ。
つまりは適切な状況での送りバントは有効である、という可能性はある。
そして実際に、2020年のパ・リーグにおいて、1番バッターがノーアウトで1塁に出たときに2番バッターに送りバントさせた場合、ヒッティングよりも得点確率が上昇したというデータがある。(里崎氏のYouTube動画にある)
その他の年や、セ・リーグでは、同じデータ集計でバントの方が確率が低かったので、バントが有効な状況やバントを活かすことというのはかなり限定的で難しいということも示唆されているが、同時に、適切な状況下では有効だということを示している。
そのときでそのときで得点できるかどうかというのは、打力、走力、相手の守備力、投手力、打者と投手の相性、投手のその時点の投球数、などなど数えきれない要素が絡み合っている。なんなら気温、湿度、風向き風速などというのも影響するだろう。
データ集計により期待値が下がるのだ! と言っても、ひとつひとつの局面でいえば、期待値通りになるとは言えないのだ。
送りバント 得点期待値
などと検索すると上位に出てくるPDFファイルがある。
野球と統計学、と題されたレポートだ。その中から一部抜粋したい。
”例:イニングの始まりのランナーなしアウトカウントがゼロ
(過去のシーズンデータのそのイニングの得点確率が以下である)
・0点に終わったのは、 74.7%
・1点獲得で攻撃が終わったのは、 13.6%
・2点獲得で攻撃が終わったのは、 6.8%
・3点以上獲得で攻撃が終わったのは、4.9%。
過去の試合データから上のような得点確率を得ることで、得点期待値を計算す
ることができる。※得点期待値=得点×その得点確率である。
イニングの攻撃が始まり、そのイニング終了時に期待される得点
=0 点の期待値+1 点取る期待値+2 点取る期待値+3 点以上取る期待値
したがって、ノーアウト・ランナーなしでのイニングの得点期待値の計算は
(0×0.747)+(1×0.136)+(2×0.068)+(3×0.049)=0.419 である。
この数値は、監督がサインなど出さず作戦を立てずともそのイニングに平均として
0.419 点入ることが期待できる。”
長めの引用になったが、要するにノーアウトランナーなしでの得点期待値は0.419だと言っている。そして重要なのがここ、
”この数値は、監督がサインなど出さず作戦を立てずともそのイニングに平均として
0.419 点入ることが期待できる。”
これは、はっきり言って、トンデモと言っていいレベルの大きな誤りだ。
監督がサインなどを出したり作戦を立てたりしても、平均0.419入るのだと言っているのだ。
そ ん な わ け が な い
なにをしても必ず平均0.419入るというなら、打者全員に全球空振りをしろと指示をして遂行させても、0.419点入るということになってしまう。当然、そんなわけがない。
いわば技術介入によって平均以上にも以下にもなる。0.419という過去の試合によって出された期待値は、不変のものではない。あくまで過去の結果に過ぎない。
そこまで極端じゃなくても、同じノーアウトランナーなしの状況でも、打順が1番からか7番からかの違いだけで、期待値も確率も変わるはずだ。
なにをしても0.419になる場合があるとすれば、上記の引用部分の中にある、得点確率が不変である場合のみだが、機械でなく人間なので当然めちゃくちゃ変動する。
偉そうにレポートを書いておきながらこの程度かというわけだが、こういった論の外側の主張だけを見聞きして、送りバント不要論を刷り込まれる人が多いのだろう。
他にも、送りバント 得点期待値、で検索すると、色々な人が送りバント非効率を説いているが、どれもこれもデータの取り扱いや期待値の本質を間違っていると感じる。
ところで、敬遠ってどうなのよ? というところを考えてみる。
ノーアウト1塁から送りバントでワンナウト2塁になった。ネクストバッターは直近絶好調の球界屈指の強打者である。相手チームは1塁が空いたことで、申告敬遠をした。
このような状況を考える。
データ上、ノーアウト1塁からワンナウト2塁になって、得点期待値は下がった。(一概には言えないのだけど)ところが敬遠によってワンナウト1,2塁になったことで、ノーアウト1塁時よりも得点期待値はあがるのである。
バント非効率論を説く人でこういうことを言う人は見たことがない。
もちろん、1塁が空いたからと言って必ずしも敬遠するというわけではないが、相手が敬遠したくなるほどの打者の前のバントは有効な可能性があるわけだ。
視点を変えると、データのみを切り取ってバントが非効率だと説くのなら、敬遠も非効率だと説いて然るべきだ。満塁策、というのもあるが、走者2,3塁と満塁では、アウトカウントに関わらず満塁のほうが得点期待値はあがる。
しかし、敬遠について批判する人はほとんどいない。
何故かと言うと、送りバントは非効率というわかりやすいフレーズに釣られて、その本質を知ろうともせず、人からもらった数字だけを見て(これはブーメランだが)賢くなった気になっている人ばかりだからだ。要はなにも考えていないからだ。
ちょっと競馬の話をする。
競馬は、自分の予想の結果で自分の金が増えたり減ったりするから、データは重宝されるし、人それぞれ必死に読み解こうとする。
その中で例えば、ディープインパクト産駒の京都芝2400mの勝率は10%、というものがあったとしよう。(実際その数字で合ってるかは知らん)
であるならば、ディープインパクト産駒が京都芝2400mのレースに出てきたとき、オッズ10.1倍以上の馬だけを買い続けていれば必勝できるはずだ。それこそ、送りバント非効率論者の考え方でいくならば。
しかし、実際にはそううまくいかない。オッズ10.1倍以上つくような馬は、ディープインパクト産駒の京都芝2400mの平均勝率より下回るからだ。勝率10%というのは、オッズの低い、誰から見ても強い馬の成績も含まれているのだ。
送りバントとか、ノーアウト1塁とワンナウト2塁の得点期待値、確率の話も似たようなもので、適切でない送りバントや、ランナーが鈍足だった場合などの、平均以下のパターンも含まれた数値なのだから、平均以上の能力を持った選手に限定すれば、期待値はともかく、確率は上昇させられる可能性はある。そして前述したように、確率に関しては実際に上昇した例が示された。(期待値はともかくと書いたのは、やはりアウトカウントを増やしてしまうことによる大量得点の可能性は低くなってしまうから)
競馬は馬券というギャンブルと直結していて、誰もがデータを洗い出して検討に検討を重ねるということをするから、データの扱いに慣れている。
野球というスポーツにおいては、競馬的なデータの取り扱い方をしないから、頭の良さそうなブロガーや記者たちが揃いも揃って過ちを犯しているのだと思う。