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小説を書いた 第6章~完結

第6章

 

「今日はどんなクエスト受けるっすか?」

「そうだなあ……正直、キミたちが強いから、なんでもいいかななんて思ってる」

「適当も油断もいけませんよエントさん。ゴールドにあがったらもっと敵も強くなるでしょうし」

 そんな会話をしながら、サンライズの3名はギルドに赴いた。

 掲示板に貼りだされているクエストを確認などする。そうしながら、エントは受付の後ろの、クエスト中パーティの掲示を見る。

 サンシャインもアルテナももう関係ない。

 そうは思っても、やはり意識はしてしまう。サンシャイン一行は、以前ゴブリンがいた洞窟に行っているらしい。

 何故、そんなところに?

 エントは不思議に思うと、さらにもう一組、同じ洞窟へ行っているパーティがいることがわかった。

 どういうことだ?

 受付嬢に聞いてみようかと思ったが、意識しているのがバレバレでイヤだな。

 そんな風に考えているときだった。

 荒々しくギルドの扉が開けられ、汗だくで、息も絶え絶えの男が、よろめきながら入ってきた。

「ま……まじ……まじ……」

 何かを言おうとしているが、呼吸をするのが精いっぱいといった様子で、言葉が出てこない。

 ギルド内が騒然となる。

受付嬢は、その男が、ゴブリンの洞窟に事後調査へ行っていたパーティのメンバーだと気付いた。そして、ダールから聞いていた情報と、その男の様子からして、ただならぬ事態だと察した。

「おいおい。大丈夫か?」

 近くにいた冒険者の一人が、手と膝を床につけて、呼吸を整えようとしているその男の背をさすった。

 そうしているうちに、受付嬢がコップに水を汲んできた。

「お水を。どうぞ」

 男はコップを受け取ると、3口ほど飲み込んで喉を潤わせて、言った。

「魔神が出た!」

 受付嬢はその言葉が出てくるのを覚悟していた。瞬時に、本部へ連絡して強力な冒険者を派遣してもらわなければと、自分のすべきことを考える。しかしその前に確認することがある。

「サンシャインの方たちは?」

 受付嬢の質問に、男は呼吸を整えながらも答える。

「わからない。今も戦ってるか……」

 もうやられてしまったか。魔神の脅威を直に感じた男は、その可能性のほうが高いと思い、言い淀んだ。

「サンシャインが俺を逃がしてくれたんだ。俺の仲間は、やられてしまった」

 男は無念そうにそう言った。

 周りで聞いていた冒険者たちは、いっそうざわめきだした。

「魔神だって!?」

「なんでそんなやつが出てくるんだよ」

「サンシャインが戦ってるなら、援護しに行かないと」

「バッカお前。俺たちが行ったって魔神相手にかなうわけないだろ」

「それにもうやられてるかも」

 口々に言う冒険者たち。

 はっきり言って、この田舎町のギルドでは、魔神が出たとなったときに、じゃあ俺たちがやってやるぜと自信を持って言えるようなパーティはいない。情報を与えられても、どうすればいいかなどわからないのだ。

「み、みなさん! 魔神は獣やモンスターを扇動して、町を襲撃しにくるかもしれません! みなさんはできれば、町の防衛をかためてください。ギルドは、本部に連絡して、ゴールド以上の冒険者を派遣してもらうように要請します」

 困惑している冒険者をどうにか落ち着かせなだめようと、受付嬢は懸命に声を出した。しかし、

「要請ったって、連絡が届いて応援が来るまでどんなに早くても2日はかかるだろ!?」

「防衛って言ってもな、魔神が直接襲ってきたらとてもかなやしないぜ」

「逃げちまった方がよくね?」

 受付嬢は、彼らのリーダーでもないし、自分が先陣を切って戦うこともできない、非力な女性である。冒険者たちが、その言葉に従って決死の覚悟で動くことなど、到底できなかった。

 受付嬢は狼狽えてしまった。ギルド内は騒然としたままである。

 そんな中、サンライズの3人、エントたちも当然話を聞いていた。

「エントさん。サンシャインって……」

 カイが、エントを気遣うような口調で話しかける。カイもスイも、サンシャインがエントの古巣だと知っている。そのパーティがいまおそらく、窮地に立たされている。

「どうするっす……?」

 スイも、伺うように言った。

 エントは少し考えた。

 サンシャインもアルテナももう関係ない。

 ついさっきも考えたことだ。そう割り切ってしまえば、今サンシャインがどうなってるかは関係なく、サンライズとしてこの事態にどう対応するかだけの問題だ。だがしかし。

「助けに行く。まだ戦ってるかもしれない。僕の付与魔術で援護する」

 エントはすぐに答えを出した。

 少なくとも、アルテナに死んでほしくはない。迷惑をかけていたダールやミリアムに申し訳なさは感じる。フレイアのことはよく知らないが、見捨てていいということもない。

「キミたちにまで無理強いはできない。僕ひとりで行ってくるから——」

「私たちも行きます!」

 カイとスイは同時に、エントの言葉を遮るように言った。

「でも」

「ウチらパーティっすよ!」

「助けに行くなら、エントさんひとりより私たち3人のほうが確実ですよね」

 笑顔で力強く言う2人。

 エントは、2人にもしものことがあったら、という心配もあったが、それ以上に頼もしさ、心強さを大いに感じた。なにより、迷わずに同行を決めた心意気が嬉しかった。

「ありがとう」

「今日のクエストは、サンシャイン救出クエストっすね!」

 スイの何気ない言葉。その言葉に、エントはかつて故郷の村で冒険者に命を助けられたことを思い出した。

 今度は自分が誰かを助けることができるのだろうか。

 そう思うと、密かに気合が入るエントだった。

 

 件の洞窟入り口まで来たサンライズの3人。

「どうかな?」

 エントは2人に問う。カイとスイは目を閉じ、聴覚を集中させている。

「さすがにここからじゃなんとも……」

 鋭敏な獣人族の聴覚でも、さすがに洞窟の奥の物音までは聞き取れない。

 感覚強化を付与することも考えたが、休みなしだと6回が限度の付与魔術を贅沢に使うことはためらわれた。

 出発前に、伝令に来た男に確認したところ、洞窟内にはゴブリン他モンスターなどはおらず、最奥にて魔神に出くわしたのことだった。少なくとも、最奥までは過度に警戒する必要もないはずだ。

 身体強化もいちおうここでは使わず、素のまま洞窟に侵入する。ただし、なるべく急ぎ足だ。

 周囲警戒は最低限に、洞窟内を進む3人。情報通り、特になにも出現せず、邪魔はいない。順調に進んでいく。そしてある程度進んだところで、カイとスイの2人が反応した。

「聞こえます! わんわん反響してますが……」

「人の叫び声……? 女の人の……?」

 2人が聞いたそれは、ミリアムがファイヤーボールを喰らったときの絶叫だった。

 エントは自らの心拍数が一気にあがったのを感じた。女の叫び声と言われれば、当然アルテナを連想する。なにか重大なことが起きたのではと想像してしまう。

「ここから行くっす。お願いします」

 エントは一刻も早く自分が現場に向かいたかったが、身体強化をほどこした2人の強さが折り紙付きなのはよくわかっている。まずは2人に行かせた方がいい。

 エントは2人に身体強化の付与魔術を施した。

 そしてすぐに2人は現場に向かった。

 エントは、自分にも身体強化を使いたかったが、思うところあって節約することにした。強化した、いや強化していなくても、2人と比べて鈍足だが、素の脚力でなるべく急ぐ。

 カイとスイの2人は、広場に出る直前に、広場にいる魔神を視界に捉えた。魔神の近くに戦っている2人、その手前には倒れているのが1人、そのそばでしゃがんでいるのが1人いる。

 切り込み役のスイは、助走をつけるようなかたちで、地面を蹴る脚にさらに力を込めた。

 そして手前の2人——ダールとミリアムのやや前から、跳んだ。

「とおおおおりゃあああああああ!!!」

 掛け声と同時に、魔神に向かって左足を突き出すスイ。

 スイの左足の裏は魔神の顔面に命中し、魔神は吹っ飛んで壁に激突する。

「うおりゃあああ!!」

 足の裏に渾身の手ごたえを感じたスイだが、油断なく追撃をかける。壁に激突した魔神をそのまま猛烈に連打する。壁にめり込んでいきそうな勢いだ。

 一方カイは倒れているミリアムの介抱に向かった。

 小柄な可愛らしいエルフの娘が、髪と服と肌を焼かれている。同じ女性として悲痛な思いを感じるカイ。

「あんたは……」

 ダールが驚いた顔でカイを見る。カイは跪き、

「回復魔法をかけます!」

 そう言ってミリアムの火傷の治療を始めた。

「俺も回復魔法は使える」

 ダールも治療に加わったことで、回復速度が速まる。

「助かります。これなら早く治療できる」

 ミリアムの火傷は見る見る治っていき、これなら命に別状はないところまでもっていけそうだ。

 そしてそこに、遅れてエントが到着した。

「アルテナ!」

 エントが最も心配していたアルテナは、傷ついてはいるが、無事だった。その姿を見て、ひとまずエントは安堵した。

 アルテナは驚いた顔でエントを見た。

 

「エント……?」

 ここにいるのが信じられなくて、アルテナは思わず尋ねるような口調で呟いた。

「助けに来たよ!」

 そう言いながら駆け寄ってくるエント。

「無事でよかった」

 エントは笑顔を見せる。

 アルテナはまだ困惑している。ついさっきまで、魔神に殺されることを覚悟しざるを得ない、絶望的な状況だったのだから無理もない。

 フレイアは、魔神を文字通りボコボコにしているスイを、惚けた顔で見ている。

「なんでここに……?」

「だから、助けに来たんだって。男の人がギルドに伝えに来て」

 そのエントの言葉で、自分たちが逃がしたあの男が、伝令役を果たしてくれたことを知った。そして、その情報でエントたちサンライズがここに来てくれたことも察した。

 アルテナはいくらか安心を覚え、少し表情を緩ませた、ただ、疑問もあった。自分たちはエントから恨まれているはずでは。ということだ。

「ありがとう……でも、なんで私たちを助けに?」

 アルテナの問いの意味は、エントも察した。なんとなく、その質問が来ることも予想していた。エントは、ふっと笑うと、

「困ってる依頼人を助けるのが僕たちの仕事だ」

 と言って見せた。

「あ……」

 アルテナはあのときのことを思い出す。エントと共通の思い出。

(そうか……そうか!)

 アルテナはエントの言葉に嬉しさを感じ、笑った。

「ありがとう。エント」

 にくい演出をしてくれて。後でいじってやろうと、幼馴染に対するいたずら心が湧いてくるアルテナだった。

 しかし実際のところ今はそんなに悠長な時ではない。

「がああああああ!」

 呻きとも叫びともつかない低く恐ろし気な魔神の声が響いた。スイの攻撃を弾き返したのだ。スイはいったん間合いをとって身構えた。

「ヂョうしニのるナ……!!!!」

 浅黒い体表でもはっきりわかるほどの、無数にある殴打のあと、顔もひしゃげ、髪の毛は乱れ切っている。そんな状態でも、魔神は、ずん、と前に踏み出した。

 一同に緊張が走る。

 スイは、それこそ魔神をぺしゃんこにして一気に決める心づもりだった。しかし、ダメージは与えたはずだが、立って歩いて向かってくる魔神に、さすがに一筋縄ではいかないという思いを抱いた。

 ここで、ミリアムの火傷の治療がほぼ終わった。混濁していた意識も明瞭になり、ミリアムは自ら起き上がって周囲を見た。

「……?」

 意識ははっきりしたが、記憶にあるのとは全く違う状況に困惑する。

「ミリアム! よかったよかった!」

 ダールが嬉しそうにミリアムの肩をぽんぽん叩く。

 魔神と対峙しながらも、その様子を確認したアルテナとフレイアも安堵した。

 治療を終えたカイは、移動してスイと並び立った。

 魔神は魔力でズタボロになった体を修復し、なおも歩いてくる。これまでにないほど怒りで顔が歪んでいる。

「エントさん。私たちで抑えます!」

 カイはそう言うと、スイとともに魔神に攻撃をしかけにいった。

 すさまじいスピードで、魔神を攪乱、翻弄しつつ攻撃を加えていく2人。魔神は手を抜かずに応戦しているようだが、アルテナとフレイアを相手にしていたときは逆に、魔神が劣勢を強いられている。

「すごい……!」

 その様子を見て、アルテナは感嘆の声をあげた。自分たちがあれほど苦戦した魔神を相手に、明らかに優勢に立っている。冒険者としての実力の差を見せつけられたような気がした。

「アルテナ。キミたちにも付与魔術をかける。使えるのはあと4回。キミたち4人でちょうどだ」

 エントはアルテナに言った。アルテナはまた少し驚いた顔をしてエントを見る。

「いいのか?」

「そのために来たんだ。一緒にあいつを倒して、一緒に帰ろう」

 ここで、ダールと回復したミリアムも合流した。

「エント……」

「……」

 エントを見たダールとミリアムは、気まずそうな顔をする。エントにしても同じだ。しかし今はわだかまりを捨てるときだ。

「3人には身体強化、ミリアムには魔力強化をかける。いくよ」

 まずエントは、アルテナとダールとフレイアの3人にまとめて身体強化を付与する。

「久しぶりの感覚だな……!」

 アルテナは自分の身体能力が向上しているのを感じ、かつてこうしてエントにサポートしてもらいながら冒険していたことを思い出して嬉しくなった。

「んんん?」

 初体験のフレイアは、慣れない感覚に戸惑っているようだ。

「フレイア……さんは気を付けて。動けすぎて、最初は感覚が追いつかないかも」

 カイとスイに初めて身体強化を施したときのことを思い出して、エントはいちおう注意をした。

「ははっ。なんだよフレイアでいーよ。前のずけずけ嫌味言いまくってた威勢はどうしたんだよ?」

 フレイアは、ぎこちなく自分をさんづけで呼んだエントを軽くいじった。

 3人とも、ここまでの戦いによる疲労が癒えたわけではないが、身体強化によって相対的に緩和されはした。

「よし、行くぞ!」

 アルテナの掛け声とともに、3人は魔神に向かっていった。

「おわ!」

 フレイアは案の定、速く動けすぎて、やや自分の体を持て余す。エントの注意がなければ、最初のスイのように自分でケガをしていたかもしれない。

 アルテナとダールにしても、以前、エントに同じようにしてもらっていたときとは明らかに違う、身体能力の大幅な向上に驚いた。それは、アルテナもダールもこれまでのトレーニングで基礎能力が向上しているためだった。

「加勢する!」

「はい!」

 アルテナたちはカイとスイに加わって、魔神を攻め立てた。

「ぐおおおおお! ギサまラああアあアあ!!!!」

 魔神にとっては多勢に無勢。いささか気の毒に思えてしまいそうな構図だが、やらなければやられるのだから、手心を加える場合ではない。

 5人で魔神を攻撃し、エントとミリアムが少し離れたところにいる。

「それじゃあ」

 エントはミリアムに魔力強化を施そうとする。

「あ! あの……」

 ミリアムは、そんな場合じゃないと思いつつ、かつてエントに対して啖呵を切っていたことから、助けられたりサポートをされたりすることに気が引ける思いがしていた。

「その、ごめん」

 当時、本気で嫌っていたのは事実なだけに、素直に謝ることもしづらく、目を合わせずにミリアムは言った。

「お互い様だよね。僕も、ごめん」

 そう言いながら、エントはミリアムに魔力強化を施した。その言葉に、ミリアムがようやくエントの目を見ると、エントは困ったような笑みを浮かべていて、ミリアムも同じような顔をした。

 魔力が強化されたミリアム。体に内包している魔力が増幅されたことを感じる。ミリアムとて、以前よりも基礎魔力が向上しているから、付与魔術の効果もてきめんだ。

 とはいえ、ここまでの戦いで何度も魔法を撃っているから、使用回数としてはあと一発が限度と思われた。

(でも、この魔力量なら、一発あれば)

 特大の魔法で魔神を撃ち破れると、ミリアムは思った。

「頼むよ。ミリアム」

 エントはそう声をかけた。

「うん。わかった」

 ミリアムは普通の返事をした。

 なんでもないやり取りだったが、2人は、お互い別パーティになった今、ようやく仲間になれたような気がしていた。

 

「はあ!」

「おらあ!」

「とう!」

 5人の猛攻が続いている。フレイアもすぐに感覚をつかみ、鋭く動く自分の体を使いこなしている。

 サンシャインの3人も、サンライズの2人も、お互いの力量と動きを短い間に分析して、即席ながら連携を成している。

「ぐう! ううう……!!」

 魔神はそれでも恐るべきタフさで応戦を続ける。が、だんだんと再生が追いつかなくなってきているようだった。

「おのれええぇぇ!!!!」

 そこで魔神は、力を振り絞って、再び全身に炎を纏わせた。

 熱気を感じ、一時離れる5人。

「全員、殺ス!!!!」

 魔神は怒り狂い、今まで最大の力と速さで5人に攻撃を仕掛けた。それは、身体強化された5人も驚くほどだった。

「こいつ、まだこんな力を!」

 このまま押し切れると思っていた5人は、意外な魔神の反撃に意表を突かれ、守勢に回った。

 しかし、攻撃を受け止めたり、ギリギリでかわしても、炎の熱で肌がちりちりと焼かれ、ダメージを受けてしまう。

 魔神のこの力はあとどれほど続くのか? もし、付与魔術の効果が切れるまでこのままだと危ない。

付与魔術を施され、5人がかりになってまでも勝利を決定づけられない。生まれたてらしいとはいえ、魔神の力に改めて脅威を感じる。

そのとき5人は、背後にひやりと冷気を感じた。

 ミリアムが再び魔力を集中しているのだ。先ほどよりもはるかに大きい力のため、すでに周囲の温度が下がりつつある。

 エントは、後方に下がって防御態勢を取りつつ見守っている。

 ミリアムのその様子は、魔神も気が付いた。

「さっきのヤツか……!!」

 さきほど、あわやと思わせたミリアムの氷結魔法。魔神はそれを思い出し、怒りを爆発させた。

 魔神は猛スピードで5人を飛び越え、一直線にミリアムへ攻撃をしかけた。

「はや……!」

 スピードなら超一級のカイとスイでさえそう思ってしまうスピードだ。

 ミリアムが危ない! 5人は刹那、そう思った。

 が、サンシャインの3人はあることに気付きもした。

 これは、さっきと同じシチュエーション。

 ミリアムはニヤリと笑い、両手を前に突き出した。

「エターナルフォースブリザード!!」

 ミリアムは伝説級の大魔法を行使した。普段はとても使えない大魔法だが、魔力強化されている今、一発だけなら使える自信があった。

 急速に、というより、一瞬で魔神の周囲の温度が極低温まで下がっていく。

 さきほどのアイスエンドも、瞬時に魔神を凍結させる凄い魔法だったが、今度のは桁が違った。魔法が唱えられたと思ったとき、すでに魔神は氷塊に閉じ込められていた。

 空中でそれを喰らって氷塊と化した魔神は、自然、地面に落下した。ゴキン、というような音が鳴るが、氷が厚すぎるために砕けはしない。

「すごい!」

 一同はそろって驚きの声をあげた。

 ミリアムは大魔法を使った反動で、疲労が著しい様子だ。はあはあと息を切らし、ふっと力が抜けて後ろに倒れそうになる。

 そこを、後方にいたエントが支えた。ミリアムは、エントが自分にそんなことをしてくれたのを意外に思いつつ、

「ありがとう」

 と言った。

 エントはミリアムを支えたまま、氷漬けの魔神を見て、

「いや~まさしく氷漬けだね。こりゃミリアムには逆らえないな」

 とミリアムをからかうようなことを言って、笑った。

 ミリアムはまた、以前エントに向けて言った言葉を思い出し、今度は恥ずかしいような気持ちになった。

「ごめんって」

 ミリアムも笑いながら言い、足に力を入れて立ち直した。

 カイとスイも単純に驚き、氷漬けの魔神をじろじろ見ている。一方アルテナたちは、先ほどのことがあるから、警戒して身構えている。

 しかし魔神はぴくりとも動かないのはもちろん、先ほどのように火炎魔法で氷を溶かすような気配もない。

「もう大丈夫だと思う。これを喰らったら普通、相手は死ぬ」

 大気ごと対象を瞬時に凍結させるこの大魔法を喰らった者は、細胞のひとつひとつに至るまで凍り付かせる。その状態で生命を維持できるものは普通いない。ミリアムをして、普通、と言い添えているのは、魔神という存在が普通の範疇におさまるのかという点を考慮してのことだった。

「あたしの魔法はこれで本当の本当に終わり。悪いけど、あとは任せた」

 ミリアムは無責任かのように言うが、もう十分な働きをしている。あとは、氷漬けになった魔神をどうするかだ。

「さっきみたいになりもしないし、もう死んだんじゃねえの?」

 警戒を解いたフレイアが言った。

「魔神は魔力ありきの存在だ。魔力が尽きて体を維持できなくなれば、消滅するはずなんだが……氷漬けになったパターンはよくわからねえな」

 ダールが言う。

「ただ、再生がかなり遅くなっていたし、余裕なさそうな様子からして、魔力切れが近かったのは間違いねえと思う。多分だが、ここで氷ごと粉々にしちまえば、もう再生する力もないと思うし、再生できたとしても、今の俺たちならじゅうぶんとどめを刺せると思う」

 ダールは暗にこいつを氷漬けのままぶっ壊そうという提案をした。

 それを聞いてフレイアは腕をぐるりと回した。

「そんじゃあとりあえずこいつをぶっ壊せばいいってことだな。さっきやろうとしてできなかったからな! やらせてもらうぜ」

 先ほどよりも俄然大きく分厚い氷塊だが、身体強化の付与魔術が効いているフレイアには、難なく破壊できる自信があった。

 破壊して、そのあとどうなるだろうか。一同は固唾を飲んで見守る。

「ん~……せえい!」

 フレイアは渾身の右ストレートを放った。拳が氷塊に命中すると、ビキビキビキと音を立ててヒビが入り、次はバキバキバキと全体が崩れて落ちた。大きな塊はガラガラと落ち、細かい塊はキンキンキンと小気味よい音を立てて弾けた。文字通り氷塊は粉々になった。もちろん、魔神の体も。

 普通の生物なら到底生存できるはずもない有様。だが一同は次に何が起こるか警戒しながら見守る。

 何も起こらない。細かくなった氷塊は、ばらばらになった魔神の体の部分部分をまだ凍結させているが、やがて氷は溶けるだろう。

「いくらなんでも、ここからまた元気に復活! なんてないんじゃねえか?」

 フレイアが言った。確証はないにしろ、状態を見るに過度に警戒するのもいかがなものかと、他の者も思い始めた。

「念のためもっと粉々にしておくか?」

 フレイアはそう言って足元の氷を踏みつぶした。

「もう大丈夫そうだが……念には念をで、そうしておくか」

 ダールはそう言い、フレイアと2人で散らばった氷をさらに粉微塵にしていった。

 いくら倒すべき相手とはいえ、やりすぎな感のある行為に気が引けて、その他は参加せず傍観した。甘いとわかってはいても。2人だけでも十分だろうとの思いもあった。

 その間にアルテナは改めてエントに話しかけた。

「エント。ありがとう。お前たちが来てくれなかったら正直言ってやられていた」

「アルテナたちが先行パーティの人を逃がしてくれたから状況を知れたし、到着まで粘ってくれてたからだよ」

 エントは、サンシャイン追放のときとは違い、謙遜する。

 アルテナはそんなエントを見て、大人になったのだなと、嬉しく思った。きっとあの獣人族の娘2人の影響もあるのだろうとか、新しいパーティを組んで視野が広がったのだろうとか、そういうことを想像した。

 エントは、アルテナに感謝されたことが素直に嬉しかった。アルテナの中で自分の株があがっている! そんなことも思った。未練がましく、この雰囲気なら、またアルテナと冒険できるのではないか? そんなことも考えた。

 アルテナにはそんな気はない。というか、そのことを考えもしていないのだが……。

「これで、どうだ!」

 ダールとフレイアが、砕けた魔神の体を、さらに細かく砕いていき、あらかた終わった。

 細かくなった氷は、じわじわと溶けだしていく。凍り付いた魔神の体の欠片は、溶けるとともに霧散するように消えていった。

「おお……消えていくぜ」

「ああ。これで本当に終わりだ」

 やがて魔神の体は跡形もなくなった。

「やった!」

 ガッツポーズをするフレイア。

「すごい。ウチらが魔神を討伐したっすか?」

「そうだよスイちゃん。プラチナか、ゴールド複数がかりって言われる魔神をだよ」

 強敵相手に勝利したことを確認し、達成感に震える。

「アルテナ」

 エントの声かけに、アルテナはエントを見た。

「帰ろう」

 優しい顔でエントは言った。アルテナも微笑んで頷く。

「みんなお疲れ様。帰って休もう。ギルドに報告もしないと」

「アタシら全員生還して、魔神も倒したなんて聞いたら、驚くだろうね!」

「本部に連絡するって言ってたけど、その連絡が届く前に、今度は討伐したって連絡しなきゃだろうから、受付さん慌てるだろうな」

 戦いが終わった安心感で、みんな緊張がほぐれて笑いあう。

「でも…」

 アルテナは犠牲になった先行パーティの3人の遺体を見た。

「あとで彼らを弔わないとな」

「そうだね……」

 ギルドに報告すれば遺体回収班がやってくるだろう。いま自分たちでかつぐなりして運べなくもないが、戦闘の疲労もあるし、通常、冒険者がそういうことをやることはないので、今はかわいそうだが放置していく。

 一同はぞろぞろと出口に向かって移動をはじめた。

 そのとき、一同は背後に何かただならぬ気配を感じ、いっせいに振り返った。

 実体ではなさそうだが、黒い糸のようなものがぐるぐると巻き付いたような、大きな卵型をした、繭のようなものが現れていた。それは、さらに周囲の何もない空間から現れる黒い糸を巻き取っていき、形を大きくしていく。

 突如現れた異様な何かに、一同に再び緊張が走る。

「……まさか……!?」

 そのまさかだった。

 黒い繭はやがて変形しだした。ぐにぐにと蠢きながら、だんだんと顔、手足と、人型の形を作っていく。

「そんな!」

 その何かは、まだそのかたちを定めてはいないが、その場の全員が、それがなにかを確信し、半ば絶望した。

「させない!」

 飛び出したのはカイとスイだ。また魔神が復活するのなら、その前に叩いてしまえというわけだ。

 が。

 バチィ!

 見えないバリアのようなものに2人とも弾かれてしまう。飛び込んだ勢いそのままに吹き飛ばされる2人だが、卓越した身体能力で、空中で回転して無事着地する。

 しかし復活阻止ならず、蠢く黒い塊は、魔神の形となった。

「どうすりゃ殺せるんだよ……」

 半ば諦めたようなフレイアの声。

 魔神をよく知るダールは、不思議に思っていた。

(魔力が尽きていたのは間違いないはず……では、何故?)

 魔力がなければ魔神は体を維持できない。その魔力はなくなっていたはずだ。しかし目の前で復活したということは、魔力があるということだ。魔力はなくなっていたのに、あるというのはどういことか?

 そのように思考を進めていくうちに、ダールはある仮説にたどりついた。

 魔力がどこかから供給されている? だとすれば、それはどこから、そして、いったい誰が?

 ダールはここにきて、ある種の期待に、あろうことか喜びを感じた。

 

 魔神は、復活したものの、すぐに動かなかった。

 サンシャイン、サンライズの一同も、様子をうかがっていた。

 目を閉じていた魔神は、目を開いた。そして両腕を自分の胸の高さまであげ、手のひらを見つめ、震えた。かと思うと、今度は突然泣きわめきだした。

「う、うう、ううう……ママ! ごめんよママ! でもあいつらひどいんだずるいんだ! よってたかって僕のことをさあ!」

 子供のように——実際子供なのだろう。腕をぶんぶん振ったり、顔をぶんぶん振ったり、体を大きく揺らしたりしながら喚いている。

 あっけにとられながらそれを見ている一同。ダールだけは、薄ら笑っているが、みんな魔神に集中していてその顔に気付く者はいない。

「うん……うん。わかったよママ。そうする」

 テレパシーかなにかで、ママとやらと会話をしていると思われる魔神。

 そのとき、魔神の横の空間に、穴が開いた。人間の大人1人がじゅうぶん通れる大きさで、穴の先は真っ暗で何も見えない。が、どことなくまがまがしい気配を感じられる。

「お前たち、今回はこのへんにしておいてやる。次は覚悟しておけよ!」

 魔神は、普通頼んでも言ってくれない定番中の定番の捨て台詞を吐き、穴に入っていった。

 真っ暗な穴の中に入り、魔神の姿は見えなくなった。

 また戦闘しなければならないのかと思っていた一同は、ひとまず安堵した。付与魔術の効果も切れ始めているし、ミリアムもエントも魔法の使用回数は限度に来ている。

 ただ一人ダールは、もうワクワクしているかのような表情で、足を前に踏み出した。

 魔神は穴の中に消えたが、穴はまだ残っている。ダール以外の一同は、それが何なのか、何が起きているのか、どうすればよいのかわかりかね、動けないでいる。

「ダール。あれは一体……?」

 今回の件で何かと詳しいダールなら何か知っているのではと、アルテナはダールの方を見て言った。そのとき、アルテナはダールの表情を見た。当然、アルテナはいぶかしく思ったが、ダールは呼ばれるとすぐに真顔になり、説明をはじめたので、ダールが今何を考えているのかを追及することはしなかった。

「あれは多分、魔界に通じる穴……ゲートだろう」

 ダールの見立ては正しかった。つまり魔神はいま、ゲートを通って魔界へ逃げ帰ったのだ。見た目のそれらしさからして、ダールの説明に異を唱える者はいなかった。

 ダールは、魔神を追って魔界へ行こうとしていた。が、ここで、他のメンバーやサンライズの連中はどうしようかと思った。正直、1人で行きたかったが、行こうとすれば皆は止めるか、ついてこようとするだろう。説明すれば長くなるし、説明したとて1人で行かせてはもらえないだろう。

 何も言わずに1人でゲートに飛び込んでしまってもいいが、自分でゲートを閉められるわけでもないから、結局後を追ってくるだろう。そもそも今ゲートが開きっぱなしになってる理由もわからないし、これがいつ閉じるのかもわからない。

 ダールが、魔神を追いたいと考えているとき、アルテナはパーティのことを考えていた。

 疲労し、魔法も使えない。付与魔術はじき効果がなくなる。戦闘継続は危険すぎるし、無謀すぎる。ゲートを放置してしまったらどうなるのか、それはわからないが、ずっと見張っておけるわけもないし、このことをギルドや町の人に伝える必要もある。伝令を走らせて残りの者で見張りというテもあるが、継戦能力がほとんどなくなってしまっているのだから、なにかあった時に、見張り班のリスクが大きすぎる。

 いったん全員帰還すべきだ。ギルドに報告すれば対応のしようはあるだろう。自分たちも休息を取って体力魔力を回復させたら、また事態にあたればいい。

「みんな、ここはひとまず——」

 アルテナは、ゲートのある方から見ると先頭にいたので、必然、振り向いた。

 だから、ゲートの中から突如出てきた、異様な、巨大な手に気付けなかった。

 先だっての魔神と似ている、しかし大きさだけはやたらと大きいその手は、指を広げて、アルテナに向かっていく。アルテナ以外の全員が、あ! と思った。

 アルテナの隣にいたエントだけが、体を動かした。

「アルテナ!」

 叫びながら、エントはアルテナに体当たりした。

 押し倒されたアルテナが元いた位置には、必然、エントがいることになる。

 巨大な手はエントの体を握ってつかまえた。エントは、腕の上から完全に拘束され、身動きがとれない。

「エント!」

「うわあ!」

 そして手は、エントをつかんだまま、ゲートの中に戻っていき、先ほどの魔神のように、その姿をゲートの中へと消した。

「エントさん!」

 カイとスイは飛び出して、エントを追ってゲートの中に入っていった。躊躇わずに。

 サンライズの3人が消え、サンシャイン4人が残された。あっというまの出来事に、ミリアムとフレイアは唖然としている。

 ゲートはまだ開いたままでそこにある。

 アルテナは立ち上がった。

「私も追う!」

 そう言ってゲートへ向かおうとする。そう言うと思った、とばかりに、ダールがそれを止めた。

「ちょっと待て! 俺が行くから、お前はここで待ってろ!」

「エントが、エントが助けてくれたんだ。私の代わりに連れ去られて……」

 アルテナは、エントが自分の身代わりになったことにいささか動揺していた。

「落ち着けよ。この先どんな危険があるかもわからない。エントたちは俺が連れて帰るから」

「でも……!」

 アルテナとダールのやりとりを見ていたミリアムは、思ったことを言った。

「危険があるのは、ダール。あんたもでしょ」

 ミリアムは続けた。

「時間がないかもしれないけど、教えて。なんでそんなに魔神に詳しいの? なんでそんなに魔神にこだわってるの? この先に進んだとして、勝算はあるの?」

 ここまで、大した説明もなしに、パーティだからとともに行動して、そして、死にかけた。ミリアムからすれば、どう考えてもリスクの大きいことをこれ以上するなら、納得のいく説明、行動するに足る理由、が欲しいのは当然のことだった。

「……そうだな……。ここまで来たら、言うっきゃないよな。ただ、いまお前が言った通り、ぐずぐずしてられないだろうから、手短に言うぞ」

 ダールの言葉に、早くエントを助けに行きたいアルテナも、そわそわしつつもダールの言葉を聞いた。

「俺は昔、魔神と戦ったことがあるんだ」

 まずダールはそう言った。誰も驚かなかった。正確な年齢は知らないが、40歳くらいのダールなら、色々なことを経験しているだろう。その中に魔神との戦いがあってもおかしくはない。それに、今までの、魔神にやけに詳しい様子からして、全員うすうすそんなことだろうと予想はしていた。

 ダールにしても、みんながそれくらい予想ついているだろうとは思っていたので、リアクションが薄いことに不思議がったりはしなかった。

「で、そのときの戦いで、当時の仲間を失った。俺のほかに3人、4人のパーティーだったんだが、俺以外みんな死んでしまった」

 辛い過去を話すダール。感傷的、感情的にならないよう、わざと抑揚を抑えて機械的に喋った。それでも、

「魔神に、殺されたんだ」

 それを言うときは、自然と拳に力が入った。

 さすがに、悲痛な面持ちをする3人。追及したミリアム自身、悪いことを聞いたと省みた。

「メンバーのひとりに魔法が使えるやつがいたんだが……そいつは最後の力で、俺に力を遺してくれたんだ」

 ダールはそう言いながら、左腕をあげて、手首につけてある腕輪を3人に見せた。

「この腕輪に、そいつの魔力が封じ込めてある。この腕輪が勝算だ」

 いつも、言葉通り肌身離さず装着していたその腕輪のことは、3人とももちろん知っていた。その腕輪の意味がついに明かされるのだ。

「腕輪の力を使えば、魔神を倒せる。ただリスクもあってだな」

 ダールは一度言葉を切り、

「1か月くらい、歩くのもしんどいくらい、とんでもない筋肉痛やら関節痛やらが続くんだな」

 ダールは、シリアスに話を続けていたが、そこだけは、変にふざけるような感じで言った。

 ミリアムは口を挟んだ。

「てことは、その腕輪の力を使えば、さっきの魔神は倒せてたってこと?」

 詰問のつもりはなく、単純に疑問をぶつけた。

「ああ、そうだな。だが、さっきの魔神は、かつて戦ったやつじゃないんだ」

「そういえば、生まれたばっかりとか言ってたね」

「そうだな。しきりにママとか言ってたし、そのママとやらが、前に戦った魔神の可能性が高い。さっきのあいつを復活させたのも、エントを連れ去ったのも、そいつの仕業だと思う」

 ここで、今度はアルテナが口を開いた。

「ということは、そいつが……」

 ダールは、アルテナの言葉の続きを察し、言った。

「ああ、俺の仲間を殺した、俺にとって仲間の仇だ」

 真剣な顔でダールは言った。

 アルテナもミリアムも、横で聞いていたフレイアも、合点がいった。

「だから、こだわってたのね」

「ああ。先に説明したほうがよかったな。仲間の仇を討てるかもと思って、ちょっと冷静じゃなかったかもしれねえ」

「ホントよ。今の説明なら、もったいつけることもなかったじゃない!」

 ミリアムはそう言って、少し呆れたような顔で笑った。そして、俯いて、

「ホントのことを言ってるならね」

 誰にも聞こえない小声で、言った。

 エルフの勘とでもあり、魔法を使える者として、腕輪に力を封じて遺したというところに思うところもあった。

 ミリアムは、悲しく思った。

 ダールも、俯くミリアムを見て、思うところがあったが、何かを言うのはやめておいた。改めて、ゲートの方を見る。

「というわけで、俺には追う理由があるし、勝算もある。だから、お前たちはここで待っててくれ。エントも助けて、戻ってくる」

「いや! 私も行くぞ。ダールに切り札があるのはわかったが、戦力は多いほうがいいだろう」

 アルテナはダールに食い下がる。ダールはそれでも止めようとするが、

「議論はなしだ。これは私個人の意思だ」

 強固な態度をとる。

「俺も行くぜ。あいつらには助けられたからな。ここで見捨てて逃げ帰るわけにいかねーだろ」

 フレイアもここで身を乗り出した。ダールは驚いた顔でフレイアを見たが、すぐに諦めたような顔をした。

「やれやれ。知らねえぞ」

 3人は自然とミリアムを見た。

 ミリアムは短くため息を吐いた。

「この流れで、アタシも行くって言わないわけにはいかない……と言いたいところだけど、もう魔法が撃てないし、お荷物になるのわかりきってるから、アタシは行かない。悪いけど」

 歯がゆさを感じながらミリアムは言った。ミリアムの心の中で、魔法が撃てないということを免罪符にしたわけでは、いっさいなかった。1発でも残っているなら、ついて行った。しかし実際にもう1発たりとも撃てないのだから、これはミリアムらしい合理的な判断と言えた。

 そのミリアムを責める者はいなかった。

「わかった。それじゃあ、先にギルドに戻って報告をしてくれるか?」

「うん。そうする。増援を連れて戻ってくるよ」

 ミリアム以外の3人は、ゲートのほうへ向かった。

「生きて帰ってきてね。みんな」

 見送るミリアムは、寂しそうな顔で言った。

「大丈夫。全員で帰ってくる」

 アルテナは笑ってこたえた。ダールもフレイアも同じ顔をした。

 そして3人は意を決してゲートをくぐって、魔界へと向かった。

 洞窟にはミリアムだけが残された。3人を見送ったミリアムは、

「バカ」

 と言った。

 

 アルテナたちはゲートの先に出た。

 そこは、城の中のようだ。ただ、壁も天井も床も、材質不明で、なにかおどろおどろしい雰囲気だ。言ってしまえば、わかりやすく、魔界、という雰囲気がある。

「そんな! こんなことが! 嘘だ! 嘘だあああああ!!!!」

 突然、絶叫が聞こえたので、3人はびっくりして声の方を見た。

 声の主は、先ほど洞窟で戦っていた魔神だった。頭を抱えて、絶望と驚きの顔をしている。

 魔神の視線の先にいるもの、それはエントだった。

 アルテナたちからは、エントの後ろ姿しか見えない。しかしどうも様子がおかしい。さらに、エントの足元には、カイとスイが横たわっている。

 一目見て、やられてしまったのかと驚いたが、少なくとも出血などはしていなさそうである。どちらにしろ、少し距離があって詳細はわからない。

 エントは立っているが、なにかただならぬ気配がエントから発せられている。禍々しいオーラのようなものが、見えるようである。

 そのエントを見ながら、魔神は、洞窟での戦いのときにも見せなかった、絶望の顔をしている。

 魔界に到着するや否や、異様な状況に、アルテナたちは戸惑った。

 エントが動いた。すう、と静かに左手をあげると、手のひらを魔神へ向けた。

 次の瞬間、猛烈な火炎がエントの左手から放たれ、魔神を一気に飲み込んだ。

「うぎゃあああああ!!!! そんな! こんな! こんなああああぁぁぁ!!!!」

 火炎は魔神を包み、魔神の断末魔とともに、魔神の体を燃やし尽くした。焼死体が残るでもなく、消滅してしまった。凄まじい火力である。

 当然、アルテナたちは驚愕する。アルテナたちの知るエントは、付与術師であって、火の攻撃魔法など使えない。ましてや、人間のレベルをはるかに超えた極大火力など。

「な……え……? エント?」

 驚いたアルテナは、声を出すのも難儀した。

「ああ。アルテナ」

 アルテナの声に気付いたエントは、後ろ姿のまま言った。

「僕を助けに来てくれたんだね。嬉しいよ!」

 そしてそう言いながら、振り向いた。

 アルテナたちはぎょっとした。

 体格や服装はもとのエントのままだが、肌が赤黒く変色しており、顔には紋様が浮き出ている。瞳は白目部分がなくなり真っ黒で、人間の目ではない。

「エント……いったいなにが」

 アルテナが言うと、エントは答えた。

「ふっふっふ。すごいでしょ? 魔神の力を手に入れたんだよ。ものすごいパワーだよ!」

 エントはそう言って腕を広げた。するとそれだけで一帯にに風が起こった。吹き飛ばされるほどではないが、突然の風に目を細めて身構える3人。

「素晴らしい力が体の中にみなぎってるのがわかるよ……! 今の僕は、なんでもできる!」

 そう言って、エントは高らかに笑う。

「どうなってやがる?」

「魔神の力を手に入れた……?」

 アルテナとフレイアは困惑することしかできない。そして、魔神に詳しいダールもだった。

「わからねえが……魔神がエントに憑りついた? のかも」

 状況と、エントの容姿から想像できるのはそれだった。

 それを聞いていたエントは、一転不機嫌そうになり、首を横に振った。

「違う、違うよ。わかってないなボンクラが」

 唐突に暴言を吐くエント。ダールは思わず顔をしかめる。

「僕、が、魔神、を、取り込んだのさ」

 主語、目的語、述語を強調しながら話すエント。

 しかし、そう言われてもにわかに信じられない。

「どうしてそんな……」

「知りたいの? しかたないなあ。教えてあげるよ」

 エントは服の中に入れているネックレスを取り出して見せた。リフレクトスライムの魔力が詰まったネックレスだ。

「キミたちは知らなかっただろうけど、僕らが受けたクエストに特殊なやつがあってね。そのときにこれを手に入れたんだけど、これが役に立ったのさ」

 エントは朗々と説明するが、3人は話が見えない。

「このネックレスには、魔法反射の術が込められているのさ」

 そんなものをいつの間に、魔法反射といえば伝説級の術じゃないか、とそれはそれで驚くに値する話だったが、その話を聞いてもまだ今の状況になる経緯がわからない。

「僕がこっちに来た時、目の前にそれは大きい魔神がいたのさ。さっきのあいつが言ってた、ママ、てやつだね。見ただけで、さっきの小さい魔神なんかとは比べ物にならない力を持ってるとわかった。カイとスイも追いかけてきたけど、どうあがいても勝てるわけがなかった」

 ここでエントは、話しながら噴きだすように笑い出した。

「でもね。ふふっ。何を思ったのか……僕を操って、なにか企んでたんだろうね。僕に精神支配の術をかけようとしたのさ」

 その言葉で、3人はなんとなく見えてきた。

「そうさ。このネックレスがその術を跳ね返しちゃったのさ。すると、あれあれ、魔神さんが精神支配の術にかかってしまったぞ。と」

 とてつもない魔力を持つ、魔神の強力な術が、そのまま魔神にかかったということだ。

「魔神は僕の言いなりになった! そのまましもべとして使ってやることも考えたけど、術がいつ切れるかわからないし、いちいち命令するのも面倒だ。だから僕は思い付いたのさ、魔神の力をそのまま取り込むことをね」

 ここまで説明されれば、3人にはおおよその察しはついた。

「お前の力を寄越せと命令したら、僕の体に入ってきて、そしてこの通りというわけさ」

 大きな体の魔神も、魔力でその体を構成している以上、姿かたちは変えられる。魔神はいわば、魔力の空気のようなもの、つまり魔素に姿を変えて、エントの中に入り込んだのだろう。魔神の巨大な力をそのまま、まるごと。

 状況はわかった。しかしまだわからないことはある。

「その2人は? 生きてるのか?」

「ん、ああ。もちろん生きてるよ。眠らせてるだけさ。2人とも、僕なんかを慕ってくれるいいコたちだからねえ」

 その言葉に、アルテナたちはいくらか安心したが、エントのどこか下卑た態度が、気にかかったというか、不快に思った。

「で、その力をどうするつもりなんだ?」

 それを聞いたのはダールだ。

 エントは真顔になって、黙った。

 アルテナが話し出す。

「エント。魔神はもうお前の中にいて、脅威じゃなくなったんだな? じゃあ、一緒に帰ろう。その力は、きっと役に立つ。ゴールド、プラチナどころか、ダイヤランクの冒険者になって、大勢の人を助けられるぞ! その姿は、まあ、うまく誤魔化さないとな」

 困った顔で弱い笑みを作るアルテナの言葉は、嘆願にも似ていた。

「な? さあ」

 アルテナは左手を差し伸べる。

 伸ばされた手の先に立つエントは、そんなアルテナを見て、いったん顔を伏せた。

「一緒に帰ろう、か」

 エントは、顔を伏せたまま、くくくと笑い出した。

「違うよアルテナ。一緒に残るんだよ。ここに! 僕と一緒にね!」

 顔をあげ、言い放った。

 エントは一気に前方へ、アルテナめがけて移動した。駆け出した、とか、向かって走った、という表現にならないのは、エントの体が宙に浮いているからだ。しかしそのスピードはとてつもなく速く、一気にアルテナの目の前に来たかと思うと、アルテナが抵抗する間もなく、両腕でアルテナの体を抱き、そのまま空中に浮きあがりつつ、もと立っていた場所へ戻った。

 ダールもフレイアも、あ、と思っている一瞬だった。

 アルテナは、突然エントに抱き締められ、というより、拘束されたことに驚き、振りほどこうとした。もともと、男と女であっても、戦士であるアルテナと魔術師であるエントでは、アルテナの方がずっと力があるはずなのだが、エントはさほど力を入れている様子もないのに、まるで動けなかった。

「放せエント! なにしてるんだ!」

「大丈夫だよアルテナ。すぐに済ませるからね」

 エントはにやつきながら言う。アルテナは、エントに対し恐怖を抱いた。

「ああ、愛しのアルテナ。ずっとこうしたかった。こうすればよかった。でも今まではこうする力がなかった。でもこれからは違う! アルテナ。もう離さないからね。僕と一生ともに過ごすんだ。僕はキミさえいればいいんだ。ずっと、キミと一緒にいられさえすれば良かったんだ」

 それは甘い口説き文句のようではあるが、偏執的な狂気を孕んでいた。

 アルテナは、エントは正気ではないのだと思った。

「エント。きっとお前はいま体の中の魔神に影響されてるんだ。私の知っているエントは……」

「僕は正気さ!」

 エントはアルテナの言葉を遮った。

「私の知っている? 悪いけどアルテナ。僕の何を知ってるんだ? 僕は昔から、冒険者になっても、キミと2人でいたいだけだった!」

 強い口調になるエント。

「だから」

 エントはダールとフレイアを見た。

「邪魔者は排除しよう」

 アルテナの顔色が変わった。

「やめ——」

 制止しようとするアルテナの口を、エントの口が塞いだ。

 唐突な接吻に、驚きと、悔しさと屈辱を感じるアルテナ。

 エントは、満足げに笑いながら、口を離した。一方アルテナの顔は怒りに満ちている。

「いい顔だよアルテナ。精神支配もできるけど、人形にしちゃったら意味ないからね。これからゆっくり——」

 エントが言葉を止めたのは、アルテナが唾を吐きかけたからだ。唇を拭いたくても拘束されていてできないので、せめて唇と舌を動かして、口内にためた唾を吐きだしたのだ。

「見損なった! この最低のゲス野郎!」

 アルテナは精いっぱいの暴言を投げかけた。

 エントは片腕はアルテナを抱いたまま、片手で顔についた唾液を拭い取ると、手についたそれを自分の口で舐め取った。アルテナは心底嫌そうな顔をする。

「——ゆっくりと僕のものにしていこう」

 エントは漆黒の眼をにやつかせた。

 

「おいおい。どーする!?」

 フレイアは、空中にいるアルテナとエントを見上げながら言った。

「憑りつかれたにしろ、取り込んだにしろ、魔神がエントの中に入っちまったんだから、今のままじゃ魔神だけを倒すことができねえ」

 ダールは険しい声で言う。

「てか、それじゃ魔神は生きてるってことか?」

「多分。そうだな。あれだけエントに影響があるってことは」

 もし魔神が死んでいるのなら、それは魔力の消失を意味する。それならば、エントの力が増したり、エントの風貌が変わったりなどの影響が現れることはないはずだ。

 つまりダールにとっては、仇がすでに死んでしまったというわけではなかった。自分の手で仇を討ちたいと望んでいるダールの目標が喪失したわけではないことは、よかった。が、当然別の問題が発生している。魔神を倒そうにも、エントの体が邪魔なのだ。

「エントの体から魔神を追い出さないと!」

 ダールは、正直、エントの体ごと魔神を倒すことは可能だと思った。だが当然そんなことすればエントは死ぬ。

「どうすればいいんだ?」

 フレイアは言ったが、ダールは答えられない。それはこっちが聞きたいという心境だった。

 2人がなにもできずにいると、エントはその2人を見下しながら、

「カイ! スイ! 起きろ!」

 と言った。

 その言葉に応えるように、倒れていたカイとスイは起きあがり、立ち上がった。その顔は無表情で、生気がない。

「あそこにいる2人を殺せ!」

 エントは命じた。

「はい。エント様」

 カイとスイは返事をすると、無表情のままダールとフレイアの方を向いた。2人は身構えるが、困惑の表情だ。

「そんな……」

 エントに捕らわれたままのアルテナが呟いた。

「2人は僕のお気に入りだからね。これから僕のためにずっと働いてもらうのさ」

 エントは言った。つまりエントは、2人に精神支配の術をかけたのだ。

 エントの命令に忠実に従う人形となったカイとスイは、ダールとフレイアに襲い掛かった。

「くそっ!」

 ダールとフレイアは守りに入る。操られているだけとわかっているから、反撃して傷つけることを躊躇してしまう。

 しかしもともと優れた身体能力、戦闘能力を持つカイとスイだ。守りを固めてもダメージを受けてしまう。

「ははははは! いいぞ2人とも! もっともっといたぶってやれ!」

 エントは楽しそうに笑う。

「おい! 私が欲しいだけなら、2人を殺す必要なんてないだろう!」

 アルテナはエントを睨んで抗議した。

「ん~? あのおっさんは前からずっと邪魔だったからね。殺しとく。あの竜人はあんま知らないけど、前ギルドで生意気言ってたし、やっぱ殺す」

 まともじゃないことを言ってのけるエント。アルテナはその言葉を聞いて、再び絶望と恐怖を覚えた。

「エント……いや、お前はエントじゃない! 悪魔だ! 魔神に憑りつかれておかしくなってしまったんだ!」

「ふふふ。間違いなく僕だよアルテナ。むしろこれが本当の僕さ。ずっと気に入らなかったんだよダールもミリアムも!」

 その名前を出してエントは思い出したように、

「そうそう。ミリアム。あのしょぼいエルフもあとで殺さないと。僕に向かって、氷漬けにしてやるなんて言ってたっけ」

 と言った。

「なんで、どうしてだ。さっきは、協力して戦っていたじゃないか」

「さっきはさっきさ。力を手に入れたんだから、それを使って何が悪い。したいにようにするさ! あの2人を殺して、ミリアムも殺す!」

殺す殺すと、やはりまともな思考をしていると思えない。アルテナは、なんとかしなければと、どうにかエントから逃れようと体を動かそうとするが、暴れると、片腕であってもすさまじい力で締め付けられて、逃れることができない。

 その間にも、カイとスイの容赦ない猛攻で、防戦一方のダールとフレイアのダメージは増していく。

「うがっ」

 フレイアの顔面にカイのパンチがクリーンヒットした。フレイアは歯を食いしばり、

「ん……なろぉ!」

 と反撃の拳を繰り出した。これもカイの顔面にクリーンヒットし、両者はいったん離れて間合いを取った。

「このまま黙ってやられるのはごめんだね! 悪いがやらせてもらうぜ!」

 フレイアは意を決した。

 ダールは一瞬咎めようと思いはしたが、この状況で手心を加えている余裕がないのも確かで、結局フレイアを止めなかった。

「運が良ければ気絶で済む!」

 フレイアはカイに向かっていき、命を絶つつもりで右ストレートを繰り出した。

 カイはそれを左、フレイアから見て右に動いてかわした。そしてすぐさま空を切ったフレイアの拳、腕を捕らえた。

(しまった)

 そうフレイアが思ったときには、フレイアの右腕の関節は逆に曲げられていた。微塵も躊躇のない滑らかな動きだった。

「があああ!」

 思わず絶叫してしまうフレイア。その瞬間に、カイはすでにフレイアの背後に回っていた。フレイアが悪寒を覚えたときには、フレイアの首にカイの腕が回されていた。

「ちょ」

 終わった——

フレイアは次の瞬間、首を折られて転がっている自分を想像した。

 しかしそうはならなかった。フレイアの背後には若い男が立っていた。

 ダールを攻撃していたスイも、フレイアにとどめを刺さんとしていたカイも、離れたところに倒れている。

 若い男は、折れたフレイアの右腕に回復魔法をかける。すぐに骨折は治ってしまった。

 驚愕するフレイア。

「お前……ダールか!?」

 40歳とは思えない、若い顔つきではあるが、服装からしても、ダールに違いなかった。ただ、例の腕輪をしていない。

 驚愕したのは、まだ空中にいるエントとアルテナも同様だった。

「なんだ、あの力は!?」

 エントは思わず口にする。

 話を聞いていたアルテナは、あれが腕輪の力なのかと思った。思ったが、予想以上の凄まじい力に、聞いてたから驚かないというわけにはいかなかった。なにしろ、一瞬のうちにカイとスイを昏倒させてしまった。

 そしてなにより驚いたのは、その姿だ。若返った。それだけでも驚愕なのだが、その姿は、

「あのときの……!」

 そう、その姿は、5年前、アルテナとエントが故郷の村でモンスターにやられそうだっときに、2人を助けたあの冒険者の男だった。

 アルテナもエントも、それに気付いた。

「ダールが……!?」

 2人とも、雰囲気はなんとなく似ていると、パーティに勧誘したときから思ってはいた。だが、5年経ってるとしても老けすぎていて年齢が一致しないと思い、なんとなく似ている別人だと思っていた。

 しかし今のダールの姿を見ると、間違いなくあのときのあの男だと、当時の姿が鮮明に思い出されてくる。

 アルテナは、ダールの姿を見て嬉しく思った。どういう原理かわからないが、ダールは、パーティメンバーとして今まで行動を共にしてくれていたということだ。憧れ、目標にしていた人物がすぐ近くにいたことが嬉しくなった。

 エントは、複雑な感情を覚えた。エントにとっても憧れの存在であった、命の恩人。そうとは知らず、邪険な態度を取ってしまっていたし、今などは殺害しようとしているのだ。

 エントは動揺した。

 ダールは、姿が若返っただけでなく、見るからに強大なオーラがあふれ出ている。

 そのダールは、宙にいるエントを睨みつけた。

「悪いが、ごと、やらせてもらうぜ」

 決心した表情で言った。そしてちらりとアルテナに目配せもした。

 ごと、とは言うまでもなく、エントごと魔神を倒すということだ。その決意を、アイコンタクトでアルテナに伝えた。

 ダールのその言葉を聞き、その表情を見たアルテナは、ダールの決意を理解し、同時に自分も覚悟と決意を固めた。

 先ほど、あれよと言う間に捕らえられ、拘束されてしまったアルテナだが、戦士の、剣士の命たる、愛用の剣を手放してはいなかった。

 エントは、ダールの変貌に気を取られている。

「う……」

 エントは呻いた。腹に、アルテナの剣が突き立てられ、背中まで貫通している。

「お前のものになってやるつもりはない」

 アルテナはそう言い、拘束が緩んだエントの腕を振りほどきつつ、刺さった剣を引き抜いた。

 エント、アルテナ、2人とも落下する。アルテナはなんとか体勢を整えて着地したが、思わぬ重傷を受けたエントはどさりと墜落した。

 この展開は予想していなかったダールは驚いた。フレイアも同様だ。

「うぐっ……」

 痛みに悶えるエント。

「アルテナ……なんで……」

 悲痛な表情をする。

 エントがもはやかつてのエントでなく、話も通じないこと。状況を打破しなければ仲間が殺されてしまうこと。エントが、このようになった責任を、自分が取るべきだと思ったこと。そういったことから、アルテナは決断した。が、やはり、幼馴染の体を刺し貫いておいて、良い気分なわけもなく、アルテナはバツが悪そうにエントを見た。

「エント……」

 同情を向けるアルテナ。しかし次にはエントは笑っていた。

「ふん。甘いよアルテナ。今の僕ならこんな傷……」

 魔神の力を得たエントは、重傷もすぐに治癒できてしまう。

 アルテナは、はっとして、とどめを刺さなければと思った。

 しかし今度は、エントの傷口から、黒いモヤのようなものが溢れ出てきた。

「うああ!」

 体を治そうとしていたエントは、むしろ苦悶の声をあげた。

 黒いモヤはどんどん出てきて、体積を増やしていった。一方エントは、体が徐々に普通の人間の姿に戻っていく。

 そして、そう、黒いモヤが全て出ると、モヤは魔神の姿となった。エントに取り込まれていた魔神が、エントの傷から抜け出したのだ。

「おのれ、人間め……! 小賢しい魔法反射など……!」

 魔神は自らの不覚を悔いている様子だ。

 元の姿に戻ったエントは、当然力も失い、腹の重傷もあって、憔悴しきった様子で仰向けに倒れている。

 アルテナはその姿を見て、エントの元へ駆け寄った。

 魔神は咆哮をあげた。

「許さんぞ! 死を望むまで苦しませてやる!」

 精神支配の影響はなくなっているようだ。怒り狂っている。

「そうかよ」

 落ち着いた声でそう言ったのはダールだ。すでに剣を振りかぶって魔神に接近している。

 振りかぶった剣を振り下ろす。普通の人間のサイズのダールの剣だが、巨大な魔神の胸部を大きく切り裂いた。

「ぐおおおおお!!!!?」

 予想外の強力な攻撃に驚き呻く魔神。

 驚く魔神は、ダールの姿を改めて見た。

 ダールは輝くオーラを身に纏い、先ほどのエントのように宙に浮いている。

「その力は神聖魔法の力! 何故なんでもない人間がそんな……!」

「なんでもない? まあ、そりゃ俺はなんでもない人間の一人だが、お前からしたらそうでもないんじゃないか?」

「なんだと?」

「5年前にお前を追い詰めた冒険者を覚えてないか?」

 ダールの言葉に、魔神ははっとした。

「お前はあのときの……、それに、確かにその力は、あのときいた女の!」

「そういうことだ。あのときは俺の力が及ばずに、追い詰めるまでで終わっちまったが、今度はそうはいかねえ」

 昔の記憶が甦ったためか、魔神はいささか怯えだした。

「このときを待ってたぜ……お前にやられた仲間たちみんなの力を合わせて、今度は確実に消滅させる!」

 ダールは一気に力を高め、魔神へ向かっていった。

「お、おのれぇ!」

 魔神は意地の反撃を繰り出す。

 ダールに向かって魔神の手が伸びる。ダールは魔神に向かう速度を全く落とさず、魔神の腕を切り刻みながらなお突撃する。

「おおおおおお!」

「ぎゃああああ!!!!」

 雄叫びと悲鳴。

 ダールは勢いのまま、魔神の首を刎ねた。しかしそれだけで終わらない。すれ違いざま首を切ったダールは、空中で方向転換し、再び魔神に攻撃を加える。

 今度は胴体、今度は腕、今度は胴体を袈裟に、落下してくる頭部を縦に。

 縦横無尽に、容赦なく魔神の体を切り刻んでいく。まさに鬼神のごとく。

「すごい……!」

 とても人間業じゃないダールの攻撃を、アルテナもフレイアも唖然としながら見上げている。

 やがて魔神の体は、文字通り崩れ落ちた。それでも姿は消えていない。魔力が尽きていないのなら、また再生するだろう。

 もちろんダールはそれをわかっている。ダールは、床に崩れ落ちた魔神に向け、空中から腕を伸ばして狙いを定める。

 腕に力を集中していく。ダールの手に光り輝く力の塊が現れ、大きくなっていく。

「ホーリーバースト!!!!」

 ダールの手から強力な光のエネルギーが放射された。光は再生をはじめようとしていた魔神の体を直撃した。

 雪が高い熱に溶かされるように、光を浴びてみるみるうちに消滅し、小さくなっていく魔神の体。その全てが光の中に消えるまで、そう時間はかからなかった。

 魔神は消滅し、ダールの放つ光も消えた。

「ふうーっ」

 ダールは大きく息をし、地上に降りた。

「す……すげえ! すっげえーーー!! めちゃくちゃつええじゃねえかダール!!」

 フレイアは笑って声をあげた。

 ダールの力、動きは、シルバーランクのアルテナやフレイアの目から見ても、間違いなくダイヤ級。伝説の勇者と呼ばれるレベルのものだった。

 フレイアはダールに駆け寄ろうとするが、ダールはそれを制止するように声を出した。

「急いでここを出るぞ!」

 会心の勝利にも関わらず、真剣な顔でダールは言った。

 アルテナとフレイアはその言葉に、自分たちが入ってきたゲートの方を見た。なんと、ゲートはさっきよりも明らかに小さくなっている。さらに縮んでいっているようで、いずれ完全に閉じてしまいそうだ。

 それですぐに察した2人は、すぐに行動を起こした。

「エントは私が、2人は、2人を頼む!」

 アルテナが言い、ダールとフレイアはそれぞれ、倒れているカイとスイを担ぎ上げ、3組6人は急ぎゲートへ向かう。

 全員、なんとか無事にゲートをくぐり、もとの世界に戻ることができた。振り返ると、ちょうどゲートが閉じて消えてしまうところだった。

「あぶな~」

 あと少しで魔界に閉じ込められてしまうところだった。

 

「エントしっかりしろ」

 アルテナは担ぎ上げていたエントをいったん地面に降ろした。

「ダール。悪いがエントの回復を」

 自分が刺し貫いた傷だが、今のダールなら立ちどころに治してしまえるだろう。アルテナはそんな期待をした。

 が。

「おい。ダール!?」

 焦るフレイアの声。ダールはどさりと倒れてしまっていた。担いでいたカイも地面に転がる。

 アルテナも焦り、心配する。

「おいおいダール。力を使うと立って歩くのもしんどくなるってやつか?」

 フレイアはそう言いながら、自分もひとまずスイのことを降ろし、倒れたダールの傍らにしゃがんだ。

 そういえばそんなことを言っていた。アルテナは心配しつつ、そうなるとエントを早く外に運んで治療しないと、ということを考えた。

 そのとき、フレイアが息を吞む音が聞こえた。アルテナからは、フレイアは背中向きだ。倒れたダールの顔もわからない。ただ、なにかただならぬ雰囲気だ。

 エントの傷が心配だったが、アルテナはダールのほうへ寄った。そして愕然とした。

 ついさっきまで若々しかったダールの顔は、見る影もなく老いさらばえていた。もとの40歳くらいの見た目を通り越して、80歳、いやそれ以上の老人の姿だ。

 アルテナもフレイア同様、思わず息を呑んだ。

「なんで、こんな」

「1か月くらい歩けなくなるってだけじゃなかったのかよ……これじゃあ……」

 どう見ても、もう先の長くない老人だ。まだ生きてはいるが。

 アルテナもフレイアも、これがさっきの、伝説のダイヤ級の力の本当の代償なのだと悟った。ダールが、1か月くらい立って歩くのにも難儀する、と言っていたのが嘘だということも。

「ちっと……張り切りすぎちまったかな……」

 しゃがれた、弱弱しい声でダールが喋った。

「ダール! ダール!」

「アルテナ……? フレイア……? よく見えない。聞こえない」

 ダールの目は開いているが、顔を覗き込んでいるアルテナの顔をとらえていないようで、なにか探すように瞳を動かしている。

 アルテナは涙が溢れてくる。フレイアも悲痛な顔をしている。

「ああ……ダール! いやだ! せっかく出会えたのに……!」

「おいおっさん! 死ぬなよ!」

 2人は声をかけるが、ダールの反応は薄い。

「アルテナ。エント。あのときのガキが……立派になりやがって」

 2人の呼びかけに応えているというより、朦朧と独り言を言っているダール。しかしアルテナはその言葉で、ダールのほうは最初から自分たちに気付いていたのだと知った。気付いたうえで、パーティメンバーとして行動してくれていたのだと。

「ミリアムに、すまんって言っといてくれよ……あいつは、勘づいてたっぽいが」

 ダールは、もうミリアムと会えないのはさみしいなあと思った。

「なに言ってるんだ。今から帰るぞ。ミリアムも待ってる」

「アイシャ……アイシャって名前のやつの墓……そこに一緒に入れてくれよ……」

「おい! 墓になんて入れないぞ! 死ぬな!」

 アルテナは泣き叫ぶが、ダールはいよいよ呼吸も弱くなっていく。

 ダールは目を閉じた。

 目を閉じると、生前のアイシャの姿が脳裏に甦ってくる。アイシャは微笑みながら、ダールに手を伸ばしている。ダールも笑って、その手を取り、二人は共に歩いて行った。

 

「う……うう……ダール……」

「最初から、こうなることがわかってて……」

 ダールの亡骸のそばで、アルテナとフレイアは悲嘆にくれる。

 アルテナは零れる涙を自分の腕で拭い、立ち上がり、エントの元へ戻った。

 エントは意識があった。仰向けに寝転がり、目を開けて息をしている。アルテナは安心するが、重傷だ。

「ダールは……死んだの?」

 近付いてきたアルテナに、エントは問うた。寝ながら、やり取りを聞いていたようだ。

「……ああ」

 アルテナはそれだけ答えた。

「そっか」

 エントも短く言った。が、命の恩人の死に、悲しまずにはいられなかった。そして、嫌っていたこと、邪険にしていたこと、あまつさえ殺害までしようとしていたことを、酷く後悔した。それに、恥ずかしいと思った。

「エント。すまないがもう少し頑張ってくれ。外に連れていく」

「いいよアルテナ。僕もここで死ぬ。このまま放っておいてくれ」

 エントの言葉に、アルテナは耳を疑った。

「あんなことやらかしておいて、これ以上生きていたくない。死なせてくれ」

「あれは魔神にやらされていたんだ」

「違うよ。言っただろ。あれが本当の僕で、本音さ。僕は、アルテナさえいてくれればよくて……」

「わかった。お前の気持ちはわかったから。今はとにかく帰って治療しよう」

 アルテナは再びエントを担ごうとする。が、エントはその手を払った。

「いいって! これ以上僕をみじめにしないでくれ!」

 エントは意固地になる。

「カイさんと、スイさんはどうするんだ。2人ともお前を慕ってるじゃないか。いいパーティじゃないか」

 とアルテナが言うと、それについてはエントも思うところがあるようで、少し考えた。

「……2人は僕なんかいなくても大丈夫さ。別のパーティでもうまくやれる。それより、2人にはさっきのことは話さないでほしい」

 しかしエントの答えはこうだった。

 そこで話を聞いていたフレイアが苛立った様子で近付いてきた。

「どこまでも情けねえやつだなオメーは!? 死にたいと思って死ぬのは勝手だけどよ、その傷はアルテナに受けたもんだろーが? 人にもらった力でいきがって迷惑かけた挙句、人にもらった傷で死にますなんて、そんな都合のいい話があるか! アルテナにオメーの死の責任を負わすなよ。その傷は治して、そのあと死にたかったら自分で死ね!」

 大きな声でまくしたてるフレイア。

 はっきりと、わかりやすい性格のフレイアだけに、いじけているエントの様子に苛立つのだろう。

 エントは言い返したかったが、このまま自分が死んだら、アルテナが人殺しをしたことになるのは確かだと思い、何も言わなかった。

「さあ、行こうエント。フレイア、悪いが、2人を頼めるか?」

 動けるのはアルテナとフレイアの2人のみ。残念ながら死んでしまったダールのことは後にするとして、負傷しているエントと、意識を失っているカイとスイの3人をどうにかしなければならない。

「おう。2人とも体は軽そうだし、まとめて運んでやるよ」

 フレイアもかなり疲労しているはずだが、気合を入れる。それができなければ、アルテナが戻るのを待たなければならない。フレイアとて早く帰りたかった。

「うう……ん……」

 そのとき、タイミングよくカイの意識が戻った。

「あれ……? 私……?」

 起き上がり、頭を細かく振ったり、目をしばたたかせたりする。まだ意識が混濁しているようだ。

 あたりを見回すと、先ほどの洞窟の中のようだが、だいぶ様子が違う。アルテナとフレイアがいるのがわかるが、何人か倒れている。

 驚いたカイは、どうにか立ち上がる。立ち上がったカイに、アルテナとフレイアも気付いた。

「大丈夫か?」

「アルテナさん、フレイアさん、どうなって……」

 そこで、アルテナが担ぎ起こそうとしているのが、腹部から血を流しているエントだと気付き、さらに驚く。

「エントさん!? 大丈夫ですか?」

「ああ、カイ……」

「重傷なんだ。急いで外に運ばないと」

 カイは若干焦りながらも、

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 と言い、まだ倒れているスイのもとへ行った。

 まさか死んでやしないかと一瞬嫌なことを考えたが、スイも意識を失っているだけのようだった。

「スイちゃん、スイちゃん、起きて、起きて」

「うう……。カイちゃん……?」

「エントさんが大けがしてるの。来て」

「ええっ」

 状況把握もままならないスイだが、カイの言葉を聞いて跳ね起きた。

「エントさん!」

 エントの様子を見て、スイも思わず声をあげる。

「アルテナさん。私たちの回復魔法で処置します。今から外へ行って治療するよりずっと早いはずです」

「できるのか?」

「今日はまだ1回しか使っていないので、もう1回ならなんとか。ただ、専門ではないので、2人がかりでも完治はしないと思いますが……それでも、このまま外まで運ぶよりは」

 確かに、いくらかでも治癒できるならそうしたほうがいい。アルテナは再びエントを地面に寝かせる。

 カイはエントの体を横向きにした。

「すいません。傷口を見ますね」

 そう言って、服をまくって傷を見た。

「これって……」

 カイは思わず、アルテナの剣を見た。剣は鞘におさめられている。

 様子を見ていたアルテナも、傷をみて、あっと思った。しかもそれを顔に出してしまった。カイは、その顔を見逃さなかった。

 傷は、どう見ても魔神の爪で貫かれたとかそういうものではなく、剣の刺突によるものと思われた。

 カイの心に疑念が湧いた。

「アルテナが僕をかばってくれたとき、体がもつれた拍子に剣が刺さっちゃったんだ。僕が、自分で自分の身を守れていればね……ごめんよ、アルテナ」

 不穏な空気になりかけたのを察し、エントは咄嗟に思い付いたことを言った。

「あ、そう、だったんですか。びっくりした」

「ああ、いや。私のせいだ。すまないエント」

 アルテナは、下手な演技だが、エントの機転と気遣いに甘えた。

 カイとスイは気を取り直して回復魔法を行った。

 みるみるうちに、とはいかず、じわじわとだが、傷が治癒していく。体を貫通している刺し傷だから、体内の傷の修復に集中して魔力をこめる。

「……はあっ……魔力、切れ……っす」

 スイはそう言って、絞り出すようにして魔力を出し尽くした。ほぼ同時に、カイの魔力も枯渇する。

 2人同時の回復魔法の甲斐あって、まだ体の表面に切り傷のようなものが残っていて、じわりと出血してくるが、さきほどよりははるかに軽傷となった。

「だいぶ楽になったよ。ありがとう」

 エントは自分で上半身を起こせるまで回復した。だが、表情は気まずそうである。

「いえ! ウチらこそ、エントさんが助けてくれたおかげでいま生きてるんすから!」

 スイは笑っていったが、すぐに首を傾げて、続けた。

「でも、その後の記憶がないんすよね~。なにがどうなったんす?」

 カイとスイは、魔神の力を取り込んだエントに眠らされたときに、直近の記憶を消されていた。エントが、魔神の力をすすんで取り込む姿を2人に覚えていてほしくないと思ったからだ。

 エントは、自分の虚栄心のために2人の記憶を都合よく操作したことに、罪悪感と、再び、恥を感じた。アルテナやフレイア、カイとスイの顔もまともに見られない。

 その後、アルテナがおおまかに経緯を話した。エントが魔神の力を使って暴れていたことは伏せ、ダールが腕輪の力を使って魔神を倒したが、代償として命を落としてしまったことを話した。

「そんな……」

 直接的な絡みはほとんどなかったとはいえ、その1人の冒険者の活躍のおかげで、結果的に自分たちの命が助かったことを知ったカイとスイ。遺体のそばに跪いて、神妙に手を合わせた。

「帰ろう」

 一同はようやく帰路についた。回復はしたが、まだ傷の痛むエントを、スイがおぶった。エントは自分で歩けると遠慮したが、カイも手伝って、結局スイの背中に揺さぶられることになった。アルテナはダールを背負っていこうとしたが、フレイアが気遣って、フレイアが背負っていった。

 一同はゆっくりと洞窟を歩いていく。

 回復魔法のおかげもあって、生存者は軽傷と疲労のみだが、先行パーティも合わせて、計4名が犠牲になってしまった。魔神討伐、それも2体も討伐という大戦果を考えれば、ごく軽微と言っていいくらいの損害ではあるが……。

 やがて洞窟の外に出た。時間としてはなにも、何日間もこもっていたわけではない。が、激戦を終えた一同は、久しぶりに思える外の空気に思わず深呼吸をする。

 今は何時頃だろうか。あたりは真っ暗だ。アルテナたちが洞窟に侵入したのは午前中だったが、もう日が暮れてしまった。

 ここから町までは森を抜けてもう少しある。夜の森は、夜行性の猛獣が現れることもある。

 疲れ切っている今、襲われるのはイヤだな。

 アルテナがそう思ったとき、

「なにか、来ます」

 カイとスイが察知した。

 案の定かと、少々うんざりした気持ちで、警戒するアルテナたちだが、

「人の足音っぽいです。走ってこっちに来る」

 人、ということでいくらか安心する。

 やがて足音の主がすぐ近くまで来た。

「みんな……!」

 大きく息を切らしているその人物は、ミリアムだった。

 ギルドへの報告を済ませた後、ろくに休まずにすぐに戻ってきたのだ。

 ミリアムの姿を見て安心する一同。ミリアムも同じく、みんなの姿を見て安心した。が、すぐに、フレイアの背中でぐったりしているダールに気付いた。

「ミリアム……。ダールが……」

 ダールも言っていたように、なんとなく勘付いていたミリアムにとっては、想像していたことが起きたということだった。が、それは起きてほしくなかったことで、ミリアムは、やはりかと思いながらも、悲しまずにいられなかった。

 

第6章 完

 

エピローグ

 

 ギルドに戻った頃には、すでに日付が変わっていた。

 通常なら職員もいないはずの深夜だが、灯りをつけ、人も残っていた。

 サンシャインとサンライズの生還に、事の顛末を気にしてギルドに残っていた何組かの冒険者たちは歓声をあげた。

 そしてダールの死を悲しんだ。

 アルテナは、どこまで説明したものかと思ったが、ダールが命を賭して魔神を討ったのだと簡単に説明した。

「ダールがいなかったら我々はみんなやられていた。魔神を倒せたのも、我々が生還できたのも、全部ダールのおかげだ……」

 その後、英雄ダール、勇者ダールの噂は、しばらく町で話題となる。

 

 夜が明けたのち、ギルドが派遣した別のパーティが洞窟へ向かい、先行パーティの3名の遺体を回収した。当然だが、魔神はおらず、ゲートもなかった。

 ギルドは、魔神出現の報を本部へとばした翌日に、魔神討伐の報を追ってとばすことになった。本部では、立て続けに届いた異なる報せに、なにかの悪戯か手違いを疑い、結局、本部職員が冒険者を護衛につけつつ、眉間に皺を寄せて視察に来る事態となった。

 サンシャイン、サンライズは、じゅうぶんな休息をとったのち、改めて詳細な戦闘経過を報告した。

 はじめの、生まれたばかりの魔神は、先行パーティの生き残りも証言したので明らかだったが、ゲート、魔界、巨大な魔神などの話は、誇大な報告ではないかと見る向きもあった。まして、ブロンズやシルバーでうろうろしていた一介の冒険者が、命を賭けたとはいえ、伝説のダイヤ級相当の力で、単独で魔神を撃破したという話は、突拍子すぎて、報告を受けた職員を困惑させた。

 とはいえ、いったんは証言をそのまま本部へもあげるということになった。サンシャイン、サンライズのランクの査定に関しては保留となった。最終的にはダールひとりの力で決着したこと、そのダールが死んでしまったことから、これを機に昇格してほしいということを考えるメンバーはいなかったが。

 いったん、ギルドに安置されたダールの遺体は、報告等の手続きが済んだ後、棺に入れられ、ダールの遺言通り、町の墓場にあるアイシャという人物の墓に合わせて埋葬された。

 ダールの名を刻んだ墓標がアイシャの墓標の隣に立てられ、葬式が行われた。英雄ダールの噂のおかげで、参列者は異様に多く、盛大な葬式となった。

 それらのことも一通り済んでから、サンシャインの3名とサンライズの3名は、町の噴水広場に集まって話をした。

 

「これからどうする?」

 アルテナは言った。すっかり傷も癒えたエントが応える。

「3人で冒険者を続けるよ。この町だけじゃなく、色々なところに行って、色々なクエストを受けようと思ってる」

 エントの言葉に、アルテナはちょっと目を丸くして、ミリアムとフレイアのことを見て、再びエントに言った。

「はは。奇遇だな。私たちも全く同じことを話し合っていたんだ」

 アルテナの言葉に、エント、そしてカイとスイも笑った。

 エントは、アルテナが同じことを考えているはずだと思った。

「……困ってる人を助ける」

「それが、私たち冒険者の仕事だからな」

 2人の思い出の、ダールのセリフを共有し、笑う2人。

「また、どこか別の町で見かけることもあるかもな」

「ふふ。どこにいても、サンライズの噂が聞こえてくるくらい大活躍してみせるよ」

「お、言うじゃないか」

 ちょっとした軽口を言う2人。そして、

「元気で」

「そっちも」

 2人は、サンシャインとサンライズは別れ、それぞれの道へと進んだ。

 

「これからどうする?」

 今度は、フレイアがアルテナに聞いた。

「そうだな……私も行ったことがないし、王都のほうへ行ってみるか、それとも……」

 アルテナは思案する。

 このところ色々あった。魔神はどのみち出現していただろうとしても、例えば、エントをあのとき追放していなかったらどうなっていただろうか。

 ミリアムやダールとはもう別れていただろうか。そうなったら、魔神との戦いはどうなっていただろう。

 エントがカイやスイと出会うこともなかっただろうか。

 フレイアもきっと勧誘しなかったのではないか。

 リーダーとして、パーティを運営していく以上、常に判断を迫られる。ひとの判断で、その後のことは大きく変わる。

 正解はない。結果が出た後ですら、どちらのほうがより良かったのかはわからない。

 後悔しないようにと思ったところで、実際に後悔せずにすむかなど、そのときにならないとわからない。

 決断するなら、後悔も反省も全て受け入れる覚悟が必要だ。

 そして前へと進んでいく。

 これからも、新たな出会いと別れがあるかもしれない。また、追放を宣告するようなことになるかもしれない。

 それでも、自分の道を、自分の物語を——

 

 言葉の途中で、ぼうっと考え事を始めたアルテナの顔を、ミリアムとフレイアは不思議そうにのぞき込んだ。

「どうしたの?」

「……ミリアムとフレイアの故郷を見に行きたいな」

 アルテナのその言葉に、2人は、驚いたような、恥ずかしいような、困ったような、嬉しいような顔をした。

 しかし3人とも笑って、先へ進んだ。

 

追放する側の物語 完