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小説を書いた 第5章

第5章

 

 サンシャイン一同は、いつも利用している宿のロビーに集まった。今は、フレイアもここで宿泊している。

「今日はちょっと、友人の命日でよ。墓参りに行くから、俺は別行動ってことにさせてくれ」

 ダールは言った。

 サンシャインが晴れてシルバーランクに復帰し、さてこれからだという気勢のときだけに、ダールもいささか気まずそうだった。しかし、すでに受注してあるクエストがあるでもなく、それを咎める理由はなかった。

「ご友人か……ご冥福をお祈りいたします」

「やめろよかたっくるしいな。長く冒険者やってるとな……戦死した友人もいるもんなんだよ」

 ダールは冗談ぽく言うが、表情は物悲しそうだ。わざわざ墓参りに行くくらいだし、大切な友人だったのだろうとアルテナは察した。

「それじゃあ、私たちは今日はそれぞれ自由行動とするか」

 アルテナはミリアムとフレイアに言った。2人は頷く。

「りょーかい」

「ここんとこ訓練とクエストばっかだったし丁度いいや。俺はゆっくり寝させてもらおうかな」

 フレイアはそう言いながら両手をあげ、そのまま全身を伸ばした。

「ミリアムはどうする?」

「んー……アタシも休ませてもらおうかな。アルテナもそうしなよ。ずっと気を張りっぱなしでしょ」

 そんなこんなで、女3人はたまの休日をゆっくりと体の休息にあてることにした。

 

 ダールは、女3人と別れ、墓地に来た。そして迷うことなく目当ての墓の前に立つ。

 特にひどく汚れているわけでもないが、持参したタオルで軽く墓を拭く。

 そして改めて墓の前にしゃんと立ち、両手を合わせてしばし目をつむる。それから、目を開け、手を離すと、独り言ちた。

「この1年……てか、ここ最近か。色々あったよ。こんなおっさんに、まだ成人もしてない女冒険者が声をかけてくるなんて、なんの因果だろうな。1人で簡単なクエストで小銭稼ぎしながら過ごそうと思ってたのにな。……おかげで最近おもしれーよ。……エントっていう、厄介なヤツもいたけどな……。人間関係ってのは、こじれちまうとゴールドとかプラチナとかのクエストよりも難しいもんかもしれねえな」

 小声で喋りながら苦笑するダール。

「まあひと悶着あったけどよ。結果的には良い方向に向かいそうなんだわ。アルテナっていう若い女がリーダーをやってくれてるんだが、どんどん力をつけてて、まだまだ伸びしろもありそうでよ。ゴールドはいくと思うし、これからの成長次第じゃプラチナだって有り得るかもしれねえ。ミリアムっていう小生意気なエルフは、どうも必死になってるところを見られたくないって感じの性格なんだが、努力するアルテナにあてられたのか、そういうところも見せるようになってきた。新しく入ったフレイアは、粗野で乱暴っていう評判が先走ってたけど……まあ、実際態度や雰囲気はそんな感じだけど、全然嫌味のない気持ちいい性格なんだよな。驕りじゃなく自分の力が1枚上ってところを自覚してて、周りを引き上げようとしてくれてる」

 ダールは、実際に人に話しかけるような口調で話をしている。

「……お前と、仲間たちを失って、目標もなく過ごしてた俺に、また生き甲斐を与えてくれたアルテナには感謝してるよ。だから、今の俺にできることで、あいつをサポートしてやりたいと思ってる」

 ダールはそう言うと、いったん目を閉じ、息を吸った。今は墓の下に眠るその人の、生前の姿を思い出す。そして目を開けた。

「また来るよ、アイシャ」

 そう言って、ダールは踵を返す。

 次また来るときは、さらにいい報告をしたい。きっとできるだろう。ダールは、終わったと思っていた自分の人生にも、まだまだ明るい未来と希望があると感じた。

 

「……暇だな」

 アルテナは普段着で宿の部屋にいるが、することがなく、窓辺に椅子を置き、それに座って外の風景をぼうっと見ている。

 することがないなら、何もしなければいいし、体を休めていればいい。最初からそのつもりであったはずだが、いざ何もしなくていいとなると、今まで常に何かをしてばかりだっただけに、落ち着かない。

(眠ってしまえばいいが、こんな時間から寝付けそうにない。買い物でもするかと言っても、クエストで使うような物資は、クエスト前の準備で皆とするようにしているし、今一人で買いに行っても邪魔になる。装備の新調……も、今のところ、現在の装備で困っていたり不満に思うところもない。普段着……それこそ今持っているので十分だ)

 なにかやることを探して思案してみるが、これといって妙案は浮かんでこない。

 とりあえずベットに移動して横になる。隣のベットでは、同室のミリアムがすやすやと眠っている。アルテナも目をつむってみた。

 当然、すぐには眠れない。目を閉じたまま、自然と脳裏に浮かんでくることは、これまでのこと。特に最近、つまりエントを追放した日から今までのことだ。

 エントを追放して、フレイアが最初はゲスト扱いで同行してくれることになった。しかし連携が取れず、結果的に弱体化してしまった。周囲から、そしてエント本人からも誹りを受けた。

 悔しかったし、どうなることかとも思ったが、今はパーティとしてかたちになってきているのを実感できている。実際に再びシルバーランクにあがったのだ。降格前、シルバーのクエストで失敗していたときより、明らかに実力をつけた上で。

 アルテナは、自分の顔が緩んでいるのを感じて、誰に見られているわけでもないだろうが、両手の甲で自分の目と口の上あたりを隠した。そして次に、エントのことを考えた。

 エントに対しては、申し訳ないと思っているが、目先よりも将来を考えての決断だったし、エントの態度が悪いという言い分はあった。間違いではなかったはずだ。そう思いたいという心情を差し引いても。

 それに、これは追い出しておいて言えたことではないが、エントはエントでうまくやっているらしいことは、安心した。2人の女性メンバーとともに、連戦連勝、すでにシルバーのクエストもこなしているとのこと。追放したことを正当化するようではあるが、エントにとっても良かったのではと思える。

 サンライズというパーティ名にしたらしく、対抗意識を感じる。サンシャインとて負けていられない。よきライバルとして、お互いに切磋琢磨していければいいと思う。

 そこまで考えて、アルテナは目を開け、体を起こした。隣のミリアムを見ると、やはりすやすやと眠っている。体が小柄だけに、幼い子供のような寝顔に、アルテナは思わず微笑む。

 アルテナはベッドから降り、着替えをはじめた。いつも通りの甲冑を着け、剣を帯びる。そしてミリアムを起こさぬよう、なるべく静かに部屋を出た。

 しかしそのすぐ後、ミリアムはぱちりと目を開けた。

「……しょうがないなあ」

 そう言って体を起こし、両腕を上に突き上げて体を伸ばした。

 

 アルテナは訓練場に来た。

 訓練場には何名かの冒険者がおり、それぞれ訓練をしている。

 アルテナは、思えばひとりでここに来るのは初めてだな。と思い、フレイアとの手合わせを思い出したりもした。

 訓練用の木剣を手に取り、素振りをする。ひとつひとつ、型を確認しながら、鋭く強く振る。徐々に速度をあげ、ひとつひとつの動きを流れるようにつなげていく。

 単純な素振りでも、集中して手を抜かずにやれば疲れてもくる。ほどよく汗も出てきた。

「おーやってるねえ」

 そのとき背後から声をかけられた。知った声。顔を確認するまでもなく誰とわかるが、ここに来たことは意外だった。

「ゆっくり寝るんじゃなかったのか?」

 振り返るとそこにはフレイアがいる。

「ちょっと寝たけどよ。1回目が覚めたら、もう落ち着かなくてな」

 フレイアは笑いながら言う。

「ホントにね。せっかく久々にたっぷり眠れると思ってたのに」

 そう言ったのは、2人の横から現れたミリアムだ。ミリアムも笑っている。

 それぞれ自由行動ということにして、みんな休息を取るというような話だったのに、打ち合わせもなしに結局3人とも訓練場に集まってしまった。

 アルテナはその状況に、そして、メンバーの向上心の高さに、顔を綻ばせた。

「ようしせっかくだ。3人の連携の確認をしよう」

 アルテナがそう言うと、ミリアムとフレイアも頷く。

 そして、3人のトレーニングが始まる。アルテナは、それが楽しいと思った。ミリアムとフレイアもまた、楽しんでいる。3人は、お互いが同じ感情を共有していると感じられて、それはとても心地よかった。

 しかしその時間は、ある女の悲痛な叫びによって唐突に終わった。

「誰か! 誰か助けてください!」

 突然訓練場に響いた助けを求める声。サンシャインの3人のほか、そのとき訓練場にいた全員が声のする方を見た。

 そこには、子供を抱きかかえる若い女がいた。子供は、体の大きさからして3~4歳くらいだろうか。女は、20代だろう。

 その2人は、訓練場の奥にある、町の中心から見ると、町はずれにある訓練場からさらに外にある森からやってきたようだった。しかしその森は、比較的安全で、野草採り、木の実採集、昆虫採集などのために、一般人も時々入っていくところだ。

 女は、息を切らしながら訓練場に入ってくると、子供を抱いたままへたり込んだ。子供は女にしっかり抱き着いている。おそらく親子なのだろう。

 訓練場にいた冒険者たちは、急いで女の元へ駆け寄った。

「どうしたんですか?」

 アルテナはひざまずき、女に声をかけた。

「はあ、はあ……森の中で……ウルフの群れに襲われて……夫がまだ……」

 女は激しく呼吸をしながら、状況を伝えようとする。

「旦那さんが……? 森でウルフと戦ってるんですか?」

「はい! はあ、はあ、私たちを逃がそうとして……夫は元冒険者なんですが、大した武器も持たずに、ひとりで……」

 女は途切れ途切れだが懸命に話す。おかげで状況は見えてきた。

「お願いです! どうか夫を助けてください!」

 女は顔をあげ、アルテナの顔を見て言った。母親に抱き着いている子供も、泣き顔を横に向け、アルテナを見る。

「もちろんです」

 アルテナはきっとした表情で、女の目を見て、軽く頷きながら言った。女はそれで、少し安心したように表情を緩ませた。

 アルテナは立ち上がり、周りに集まった冒険者たちを見た。サンシャインのメンバーのほかには3人の若い男連中がいるが、どうやら駆け出しばかりらしく、この中では自分たちがランク上位のようだった。

「私たちのパーティで救助に向かいます。皆さんは、この方についていてもらえますか」

 アルテナがそう言うと、その他の3人は同意した。

「旦那さんの名前は?」

 アルテナは女に確認する。

「カイルです。どうか、お願いします」

 アルテナ、ミリアム、フレイアの3名は、女が来た方へ走り、森の中に入っていった。

 

 一般の女が、子供を抱えながら脱出できた程度であるから、そこまで森の奥深くではないはずだ。

「カイルさーん!」

 そう思いながらサンシャインの3人は、救助依頼対象の男を探す。

 状況としては、元冒険者の男が、大した武器を持たずに、ひとりでウルフの群れと戦っている。ということだ。元冒険者の男の実力などはわからないが、早く発見して救助しないと危ない。

 呼びかけに応えずとも、戦闘を継続しているなら、それなりの音がしてもいいはずだ。それが聞こえてこないとなると、すでに戦闘は終わっているということになるかもしれない。その場合、男の安否は——

 嫌な想像を振り払いつつ、捜索を続ける。するとそのとき、

「うおああああ!」

 男の叫び声が聞こえた。3人は急いで声のした方に急行する。

「カイルさん!?」

 走りながら声を出すアルテナ。

「こっちだ!」

 返事があった。間違いない! それに生きている!

 ほどなくして現場に到着したが、そのとき3人の視界に入ったのは、今まさに1頭のウルフが、カイルであろう男にとびかかる瞬間だった。

「うおらあ!」

 叫び声とともに、フレイアは全力で地面を蹴り、その牙で男に食らいつかんとするウルフをすんでのところで横から殴り飛ばした。ウルフは吹き飛んで、激しく地面に叩きつけられた。

 突然の出来事に、男は一瞬ぽかんとする。そこにアルテナとミリアムが来た。

「カイルさんですね!?」

「あ、ああ。あんたたちは?」

「奥さんから聞いて来ました」

「妻と子供は無事なのか!?」

「ええ。今は訓練場で、他の冒険者たちと一緒にいます」

 アルテナの言葉に、カイルは安堵の表情を浮かべた。

 カイルの姿をよく見ると、手には明らかに戦闘用でない小さなナイフが握られている。なるほど確かに大した武器を持っていない。しかしナイフにはべっとりと血がついており、カイルの体も血で汚れていた。しかしカイル自身の血ではなさそうだ。

 対するウルフの群れを見ると、腹のあたりから出血している個体がいる。どうやらその小さなナイフでつけた傷らしい。10頭ほどの群れで、どれも敵意剝き出しでこちらを睨みつけているが、そんな獰猛な獣相手に、どうにかこうにか傷を負わせたところは、元冒険者は伊達ではないというところか。

 ウルフたちは、獲物に応援が駆け付けたこと、フレイアの強烈な攻撃を見たことで、多少はたじろいだ。しかし逃げ出すようなことはなく、敵意は変わらず、じりじりと間合いを詰めようとしている。

「ここは任せて。カイルさんは逃げてください」

「いや、俺も戦う。これでも元冒険者なんだ」

 勇ましいことだが、見るからに貧弱な装備で、今生きているのは強運だという状況で、そんなことを言われてもという話である。

「今そういうのはいいから! そんな装備でいられても邪魔だから、逃げろ!」

 アルテナは、明らかに年上であろう男性に、遠慮なく命令をした。カイルは、役に立てないことに不甲斐なさを感じはしたが、アルテナが正しいし、妻子のもとへ一刻も早く迎いたい気持ちもあり、

「すまん! 頼む!」

 そう言ってその場を離れた。

「ウルフ10頭か。ダールがいないけど、なんとかなるだろ」

 フレイアは自信満々に構えをとった。ミリアムもいつでも魔法を撃てるように準備する。

 しかしそのとき、先ほど思い切り殴り飛ばしたウルフが、唸り声をあげながら、むくりと起き上がった。

「は!?」

 フレイアは思わず声をあげる。

「俺は手加減してねえぞ?」

 フレイアは、基本的にはブロンズランクで討伐対象となるウルフの1頭程度、全力で攻撃すれば一撃で戦闘不能状態にする自信はあった。

 思えば、かなりの出血量に見えるが、腹を切られている個体も、傷は浅くなさそうな割に、戦闘意欲が衰えていなさそうだ。

(なんだこいつら?)

 3人とも、そのウルフたちの様子にどこか違和感を覚えた。

 そして戦闘が開始される。

 正面から突っ込んできたウルフを、アルテナは盾で弾き返し、体勢を崩したところに剣を突き立てる。

 右からステップを踏むように近付いてきたウルフは、フレイアがいなして、蹴りを喰らわせる。

 左から、背後を取るつもりなのか大きく回り込もうとする3頭を、ミリアムが魔法狙撃する。

 それぞれ攻撃が命中し、傷を負わせる。普通なら致命傷か、逃げ出してもいいはずだが……。

「こいつら、なんか変だぜ」

 フレイアの言う通り、攻撃を受けたウルフたちは、なおも眼をぎらつかせ、牙を剥き出しにして、ふーっふーっと荒々しく、興奮した様子を見せている。

「正気じゃないのか……?」

 ウルフが人を襲うことはある。だからこそ、人の生活圏に存在が確認されれば、討伐の依頼が来る。そして、たいていは、相手の方が強いと見れば退散して、その場には近寄らないようになる。

 しかし目の前にいる群れは、あまりに常識はずれで不自然な様子だ。しかも、タフすぎる。というか、痛みを感じてさえいないようだ。

 アルテナの剣を胸に受けた個体が、出血しながら飛び掛かってきた。その異様な様子に、アルテナは少し恐怖を感じた。が、なんとか攻撃をかわし、隙ができたところに剣を振り下ろした。

 ウルフの首は切断され、地面に落ちた。首を失った体もどさりと横に倒れる。さすがにこうなってはもう襲ってはこない。

 その後も、少々の傷などお構いなしに襲ってくるウルフたちの攻撃を、3人はなんとかかわしながら、反撃を加えていく。しかし生半可なダメージでは攻撃をやめないので、確実に息の根を止めていく。

 先述したように、ウルフは基本的にはブロンズランクの敵であって、シルバーランクの3人の敵では、本来はない。ましてやフレイアは実質ゴールドランクと言われている。だから、油断をしていたわけではないが、苦戦はするまいと思っていたし、なにより少々痛めつければ、ウルフの性質上、すぐに退散するだろうと踏んでいた。

 しかしもはや、3人はある種恐れを抱きながら、命がけで、必死に戦っている。

(殺らなければ殺られる)

 3人は明確にそれを実感しながら、ウルフたちを、殺していった。

 

 ざくりと、手心を加える余裕など全くないアルテナの剣が、最後に残った1頭の脳天を貫いた。

 アルテナは剣を引き抜き、軽く振ってある程度でも血を落とした。苦戦を物語るように、息を切らしている。それはミリアムとフレイアも同様だった。さらに、アルテナとフレイアは返り血やら泥やらで汚れているし、ミリアムは魔法を撃ちまくったおかげで魔力が枯渇しかかっている。

「なんだったんだこいつら」

 顔に跳ねた血を拭いながら、フレイアは言った。3人ともケガはしていないが、たかがウルフ相手に想定外の苦戦を強いられた。

「休日かと思ってたら、とんだ高難度クエストだったわね」

 ミリアムが言う。

「……戻ろう。いちおう、ギルドにも報告しないと」

 とアルテナが言って、3人はひとまず訓練場に向かって移動した。

 訓練場では、妻子と再会したカイルが、他の冒険者とともに、アルテナたちの帰りを待っていた。アルテナたちの姿を見るや、駆け出して近付いた。

「ああ、よく無事で!」

「助けていただいてありがとうございます!」

 カイルとその妻は深々と頭を下げた。今度はカイルに抱きかかえられている子供は、カイルの腕から降り、アルテナたちを見て、

「おとーさんをたすけてくれてありがとう、おねえちゃん」

 と笑いながら言った。

 アルテナはその笑顔を見て、自分も笑った。そして脳裏では、昔、自分も冒険者に助けられたこと、しかしそのときは、自分の両親は助けが間に合わず殺されてしまったことを思い出していた。

「困っている依頼人を助けるのが俺たちの仕事」

 あのときの、大剣の冒険者のセリフがアルテナの脳内で再生される。

 自分たちがいたのはたまたまだったが、自分たちがいなかったら、カイルは助からなかったかもしれない。そうなったら、この子供は父親を失い、妻のほうも夫を失っていた。自分たちが、その悲惨な結果を防いだのだろうか。

 そのように考えると、アルテナは、目の前の子供の笑顔がとてつもなく尊いものに思えて、冒険者をやっていて良かったと心底感じた。

「ところで」

 そう切り出したのはカイルだった。

「さっきの、あのウルフたち、なんだか妙ではありませんでしたか?」

 3人は、心当たりがありまくりだった。

「なんかやけにタフだったな。ちょっと面食らったぜ」

「ですよね! ナイフでなんとか一撃喰らわせただけですが、ほとんど怯みもしないような傷じゃないだろと思って」

 フレイアとカイルが会話をする。が、お互いに事実確認をしているだけのことで、それが何だったのか、タフさの原因、要因はなんだったのかなどはわからずじまいだ。

 それはアルテナにしても同じだった。ただ、その、わからない、という点で、得体の知れない嫌な予感を覚えざるを得なかった。

 

 ギルドへの報告を済ませ、アルテナたちは宿へ戻った。すでに夕暮れが近づいていた。

 宿にはダールも戻ってきていた。3人の様子を見て、ダールは当然驚いた。

「な、どうしたんだよお前ら!?」

「3人で訓練場にいたらな、かくかくしかじかで」

 経緯を説明するアルテナ。

「マジかよー……悪い! そんなときに別行動しちまって」

 ダールは両掌を顔の前で合わせて、頭を下げた。

「いや、たまたまのことだったし、ダールが謝ることはなにもない」

 アルテナは少し慌てて言う。

「それより、なにか妙だったんだ」

「妙?」

「ああ。やけにタフというか、息の根を止めないと攻撃をやめないんだ。こちらがダメージを与えても意に介さないし、なんというか、様子そのものが普通じゃなかった」

 そのアルテナの言葉を聞いて、ダールは顔がかたまった。

「……マジか」

 そのマジかは、本当か? という意味か、その出来事に対する驚きか。アルテナは、ダールの様子をいぶかしんだ。

「ダール?」

 声をかけられて、ダールは、はっとしたような顔をした。

「あ、ああ。いや、なんでもない。なんだろうな、そりゃ」

「なんでもなくないだろう」

 ダールはごまかそうとしたが、アルテナは真顔で追及した。

「そういうのは良くないぞ」

 アルテナはダールをたしなめるように言う。アルテナとしては、なにか懸念があるなら打ち明けてほしいと思った。

 ダールは、アルテナのその顔を目を見て、あくまでしらを切ろうかと少し考えたが、話しておいたほうがいいと考え直した。

「ああ、わかったよ。ただ、お前ら先に体を洗って、着替えたほうがいいだろ。そのあと、メシでも食いながら話そうぜ」

 ダールは言った。確かに、3人は先の戦闘で血と汗まみれだ。

 

 というわけで、それぞれ体を洗い、楽な格好に着替えて、宿内の食事場に再集合した。簡単な料理を注文する。が、フレイアだけは肉料理をがっつり頼んだ。

「で、ダール。私たちが昼に戦った、異常なウルフについて心当たりがあるのか?」

 アルテナは切り出した。ダールはおもむろに水をひとくち飲み、話し出す。

「ああ。俺の思い過ごしか、考えすぎかもしれないし、そうであればそのほうがいいんだが」

 前置きをして、次に核心を言った。

「スタンビートの予兆かもしれない」

 なにひとつ冗談抜きでダールは言った。

 それを聞いた3人の表情が一気にこわばる。

 スタンビート。魔物たちの大暴動。5年前に起こったそれは、世界各地の人間の生活圏に甚大な被害をもたらした。アルテナやエントの両親が死亡した原因でもある。

 アルテナは、今日だけで2回、そのことを思い出すことになった。

(あれがまた起きるというのか?)

 両親の死を思い出し、愕然とするアルテナ。

 食事の手も止まってしまった3人を見ながら、ダールは話を続ける。

「スタンビートってのは、5年前以外にも、歴史を振り返ると時々起こっていたことらしいんだ。決まった周期みたいのはないみたいだけどな。で、スタンビートの予兆として、今日お前らが遭遇したような、異様に好戦的だったり、常識はずれな強さの獣や魔物が出現するってことがあるらしい」

 ダールの説明に聞き入る3人。しかし当然の疑問が湧く。

「詳しいのね」

 ミリアムがそれを口にした。

「ん……まあな。冒険者長くやってるしな。5年前のスタンビートのあと、調べたことがあるんだ」

 ダールは続ける。

「で、なんでそれが予兆ってことになるのかってことだが、これはスタンビートが起こる原因にもつながる話なんだが……魔神、が関係しているらしいんだ」

 魔神。その言葉に3人は……ピンとこないという表情だ。

 ドラゴン、死神、サイクロプス、名を呼んではいけない怪物……世界のどこかで人間をたびたび脅かす強大なモンスターたち。そういった類のモンスターの中に名を連ねる存在のひとつが、魔神だ。

「どうやら、スタンビートは、魔神がモンスターたちに術をかけて暴れさせることで起こるものらしいんだ」

 らしい、らしいと続けるダールだが、それは正しい考察だった。

 魔神とは、悪魔と呼ばれる類の存在の最上位に君臨する。そして悪魔といえば、得意の魔術で、たびたび人間を惑わし、たぶらかす。魔術の対象は時に人間以外の動物になる。それが魔神クラスになると、野にいる獣や魔物をいっせいに正気を失わせ、傷を負っても意に介さず目に入るものを攻撃しまくる、異常なモンスターへ変貌させるようになる。それがスタンビートの正体というわけである。

「と、いうことは、今日のあのウルフたちは、魔神に術をかけられて?」

「そうかもしれない。その異常な様子からするとな」

 ここで話を聞いていたフレイアが口を開いた。

「おいおい。じゃあよ、もしかしたらこれからスタンビートが起こるかもしれないってことになるじゃねえか」

「そういうことになるな。だから……」

「だから?」

「調査して、備えないとな」

 

 翌日、サンシャイン一行は改めてギルドを訪れた。

「あ、サンシャインの皆さん、こんにち……は」

 にこやかに迎えた受付嬢だが、神妙な面持ちの一同にただならぬ雰囲気を感じて、少し気おくれする。

 いつもはリーダーのアルテナが、クエストの確認や受注手続きをするが、このときはダールが受付嬢に言った。

「昨日、こっちの3人が報告したウルフのことなんだが」

「ああ、はい。なんでも、やけにタフで異様な様子だったとか」

「そうだ。絶対に確かとは言えないが、魔神が絡んでいる可能性がある」

 魔神のことは、受付嬢は知識としては知っている。ので、やはり表情をこわばらせた。

 魔神討伐などと言えば、それはゴールドランクのパーティーが複数、束になってかかるか、プラチナランク以上の大仕事になるというのが、ギルド職員としての常識的な知識だ。王都から離れた大きくもない、ゴールドランクのパーティが常駐しているでもない、そんな町のギルドで職員をしている身で、魔神などと話を聞けば、ぞっとするのも無理からぬところであった。

「魔神……ですか」

 自分の仕事の範疇を大きく超えている、思わぬ大物の名に、受付嬢は目を泳がせた。要するに、どうしよう、と思っているのだ。

「ああ。それに、もしかしたらだが、スタンビートが起こるかもしれない。そのウルフたちが予兆の可能性がある」

 ダールはあくまで、確定していない、可能性の話をしているのだが、スタンビートという、またとんでもないワードが出てきたことで、受付嬢はさらなるショックを受ける。

「え、えと、えと、それっそれでは、ですね。えー……」

 時には冒険者を導かなければならない立場にいる責任感で、受付嬢は動揺し混乱して渦巻いている頭で、何かしなければ言わなければと思うのだが、なにせ想定外すぎることで頭が追いつかない。

「俺たちは、近くの洞窟を調査してみる。受付さんは、ギルド本部に報告をあげてくれないか」

 むしろダールが指示を出す。

「は、はい!」

 熟練冒険者の貫禄に、思わず返事をする受付嬢。

「でも、近くの洞窟と言っても……?」

「まあ、くさいところを当たってみるさ。何もなければそれでヨシだ」

 ダールはあらかじめ考えていたようで、間をあけずに、

「前、俺たちがゴブリン討伐に失敗した、あそこに行ってみる」

 と言った。

「あ、はい。えと……あ、でもそこは今、別のパーティが行っていますね」

「そうなのか。なんのクエスト?」

「事後調査ですね。前いたゴブリンはすでに討伐されているんですが、生き残りがいないかの調査です」

 ゴブリンはしぶとく、学習能力や生命力が高い。生き残った個体は学習し、しかも人間に強い恨みをもって成長し、さらに厄介な存在となる。洞窟内で撃ち洩らしがないかの、事後調査というわけである。

「てことは、行ってるのはブロンズか」

「そうですね。経験の浅いパーティで、さっき出発したところです」

「……俺たちも行く。報酬はなくていい」

 ダールは、肝要なところも独断で決めていく。

「そりゃ、言ってしまえば、行くのは勝手、ということになりますけど、ギルド経由の依頼じゃないですし、何があっても責任は取れませんが……いいんですか?」

 受付嬢は、ダールが他メンバーに相談するそぶりも見せないところを心配した。

「あ? ああ。いいか? お前ら」

 ダールは振り返って後ろにいる3人に確認をとった。

 3人は、明らかにいつものダールとは違う様子に、なんとなく口を挟めない雰囲気を感じていた。昨日の、いくら冒険者歴が長いと言っても、魔神やスタンビートについてやけに詳しいことも不思議だったが、今のやけにことを急いでいる様子も、ダールらしくない。

「まあ、いいが……」

 アルテナがそれだけ言うと、

「よし。じゃあ行こう」

 ダールはそう言って、ギルドを出ようとする。いささか強引な態度に見える。

「あの!」

 受付カウンターを離れようとするダールに、受付嬢は声をかけた。

「その、報告はあげますが、スタンビートや魔神が絡んでいる可能性の、根拠を教えてもらえますか? 聞かれると思いますし、説得力がないとスルーされてしまうので」

 受付嬢なりに、事務に携わるものとしての役目を果たそうと考えての言葉だった。

 ダールは少し考え、

「経験則だ」

 と言った。

 受付嬢は、そんなこと言われてもという顔をした。

 一方アルテナは、それでは魔神がモンスターを率いてスタンビートを起こすさまを見たことがあるようではないか。と思った。

 

 洞窟へ向かう準備をしながら、

「悪いな。色々勝手に決めちまって」

 とダールは言った。いちおう、その自覚はあるらしい。

「いや、いいんだが、なんだその。何か知っているのか?」

 アルテナはダールの様子を見て、昨日宿で話していたこと以上に、ダールが今回の件について何かを知っているように思えた。例えば、言葉では、もしかしたらとか、確かではないとか言っているものの、魔神が絡んでいることはほとんど確信しているような態度に見える。

「悪い可能性は早めに潰した方がいいだろ?」

 ダールはもっともらしいことを言う。

「そうだが」

「でもよ。本当に魔神がいたらどうすんだ? めちゃくちゃつええんだろ? 俺たちだけで大丈夫なのか?」

 そう言ったのはフレイアだ。単純に考えて、サンシャインがプラチナランク並の実力を持っていなければ、まともに太刀打ちできないことになる。それが魔神を相手にするということだ。

「本当にいたら、そのときは帰ることが最優先だ。正直言って、さっきの報告だけを本部にあげてもらっても、本部はほとんど動かないと思う。早めに対処するべきだが、そのためには確実に魔神がいるってことを確かめないとな」

「ちょっと待ってよ。それって、いる前提で行くってことでしょ。いくら無理をしない、戦わないって言ったって、そんなやばい奴のところにクエスト外でわざわざ行くって、ダールあんた、自分の言ってることわかってる?」

 不満を述べたのはミリアムだ。冒険者として、常日頃、覚悟していることはあると言っても、わざわざ死地に赴くとなれば話は別だ。

「ああ。悪いと思ってるし、ついてこなくてもいい話だこりゃ」

「なにそれ。ひとりでも行くってこと?」

「そういうことだ」

 ダールの言葉には、強い決意が感じられた。

 パーティとして受けたクエストでない以上、行くと決めているダール以外の3人は、一緒に行く義務はない。とはいえ、何かわけありげな様子で、1人でも行くと言い切るダールを見捨てる気にもなれなかった。

「はあ。報酬代わりに、終わったらなんか奢ってよね」

 ミリアムはやや呆れたような笑いを見せながら言った。

「それいいな。俺もそうしてもらおうっと」

 フレイアも便乗する。

「わかったわかった。たらふく奢ってやるよ。アルテナもそれでいいか?」

 ダールも笑いながら言った。アルテナもふっと笑い、

「楽しみにさせてもらおう。それと、あとでちゃんと話してくれ」

 と応えた。

 ダールは、アルテナの目を見ながら頷いた。

 

 そして一行は目的の洞窟へ来た。

 以前、ブロンズランク降格の原因となった、ゴブリン討伐失敗をした、苦い思い出のある洞窟だ。アルテナたちは、今の自分たちなら、あのときと同じクエストもきっと成功させられるという自信は持てる程度にはレベルアップをしている。

 当時の失敗を思い出し、今更ながらの口惜しさを感じながら、洞窟へ入っていく。

 しばらく進み、横穴があったところまで来た。横穴は相変わらずあるが、近くにあったトーテムは撤去されたのか、なくなっている。代わりに、横穴の入り口の周りの岩に、赤い塗料が塗り付けられていて、いくらかでも横穴がわかりやすいように工夫されている。

 クエストに失敗したあとの報告で、横穴の存在は当然言っておいた。その後攻略したパーティは、その情報をもとに対策し、討伐を成功させたのだろう。自分たちの失敗も無駄ではなかったのだ。

 アルテナたちはそんな風に考えながら、さらに奥へ進んでいく。今回はもうゴブリンはいないはずだから、全員で進む。

 そして、前回、ダールが矢を受けた地点に来た。しかし今回は何事も起こらない。

「調査パーティはもう奥に進んでいるか」

 ゴブリンがすでに討伐され、特段、脅威がないのだから当然だが、ここまでは順調に進んでいる。このまま何もなければ、洞窟の奥で先行しているパーティと落ち合うはずだ。

 さらに先へ進んでいく。だんだん、洞窟内の道幅が広くなっているようである。天井もいくらか高くなっている。手を加えて意図的に広くしているような痕跡がある。

「この先に巣……だった場所があるわけか」

 おそらく、ゴブリンたちが住みやすいようにいくらか加工したのだろうと思われた。

 ここまで来ても先行パーティと合流しないということは、すでに巣だった場所、に到着し、そこを調査しているのだろうか。案外、隠し部屋なんかがあって、そこに生き残りが潜んででもいるのかもしれない。

 そのときだった。

「うぎゃあああああ!」

 凄絶な、明らかに断末魔と思われる叫び声が聞こえてきた。

 少し驚いたが、すぐさま駆け出すサンシャインの一行。

 先に進むと、広場に出た。ゴブリンが巣にしていた場所であろう。しかし今はゴブリンはおらず、その代わりに、先行して調査に来ていた冒険者パーティがいる。4人いるが、そのうち1人はうつぶせに倒れていて、しかもおびただしい量の出血をしている。すでにこと切れているのか、動かない。傷口は見えないが、出血量からして、生きていたとしても助かりそうにない。他の3人は立っているが、その3人の視線の先には、人間のかたちをしてはいるが、赤黒い肌をし、白目のない猛獣のような真っ黒な目を持ち、顔や体のところどころに紋様のある、異様な風貌の者がいた。

(あいつじゃねえ……!)

 ダールはそう思った。思うのと同時に、アルテナに声をかけられた。

「ダール。あいつが……?」

「ああ。魔神だ。だが……」

 ダールが言いかけたとき、

「くそがああああ!」

 先行パーティのうちの2人が、剣を振りかぶって魔神にとびかかった。それを見ていたダールは驚き、

「おい、よ——」

 よせ。と言う間もなかった。

「あははははは!」

 魔神は大きく口を開けて笑いながら、右手、左手、と順に下から上へひっかくような動きをした。

「ごふぁ!」

「ぐわぁ!」

 すると攻撃を仕掛けた2人は、逆袈裟に体を引き裂かれてしまった。

 あっけなく、魔神の足元に崩れ落ちる2人。

「あはは! 壊れちゃったー☆ でも、もろすぎて物足りないなぁ~」

 笑いながら、爪についた血を舐めとる。そしてその漆黒の瞳はサンシャインの4人をとらえた。

「そちらはもう少し楽しませてくれるのかな~?」

 アルテナたちを値踏みするように見ながら、にたにたと笑って言う。

 身構えるアルテナたち。先行パーティ4人のうち、残った1人もアルテナたちに気付いた。

「あっ、たっ、助けてくれ!」

 魔術師風の装いのその男は、すっかりおびえた様子だ。男が叫んだのを聞いて、魔神は、

「あ~お友達いなくなっちゃってさみしいよねえ? キミも殺しておいてあげないとね♪」

 と人の命などどうでもいいといった風に言い放った。

「ひいっ」

 男は魔神にいっそう恐怖し、すくみあがる。魔神はまだ血に濡れた爪を立たせ、男に襲い掛かった。男は体が硬直し、動けない。

 鋭い爪が男の体を切り裂く。その前に、割って入ったのはダールの剣だ。魔神の爪が男に届く前に、というより、届く瞬間を狙ったダールの剣が魔神を襲う。が、魔神はすんでのところで急ブレーキをかけ、ダールの剣は、都合男の目の前をかすめ、思い切り空を切る。

 ダールはしかし、かわされたことに動じることなく、切り下した剣をそのまま角度を変え、魔神に向けて横なぎに払う。しかしその攻撃も、魔神が後ろにとびのいたことで空振りに終わる。

「あぶないあぶない♪」

 発する言葉の割に余裕な様子でにやけている魔神。

 アルテナやミリアム、フレイアが、一瞬とはいえ唖然としてしまったのは、いつもは前衛ではないダールが迷わず、誰よりも早く魔神に向かっていったからだ。一瞬遅れて3人はダールに続き、隊形を整える。

「おい。俺たちがあいつを抑えてるから、あんたはギルドに行ってこのことを伝えろ」

 魔神と対峙しながら、ダールは、さきほど目の前を剣がかすめていったことで尻もちをついてへたり込んでしまった男に声をかけた。

「あ、ああ……」

 しかし男は、指示を理解はしているものの、まだ体が震えて立ち上がることもままならない様子だ。見かねたミリアムが手を貸して男を立たせる。

「走れるか?」

「なんとか……」

 非常に頼りない返答だが、伝令をなんとかこなしてもらうほかはない。仮にサンシャインの4人のうちの誰かが行くとしても、残り3人プラスこの男で目の前の敵をどうにかできるとは思えない。それが魔神を見てからの全員の共通認識だった。

「援護する。俺たちが仕掛けるから、同時に思い切り走って逃げろ。いいな?」

「わ、わかった」

 ダールの指示に、男は頷く。リーダーのアルテナの立つ瀬がないようであるが、ダールのいつになく決意を固めたような態度に、アルテナはダールに従ったほうがいいと思った。

「合図でしかけるぞ。アルテナ、フレイア、頼む」

 アルテナとフレイアは頷いた。半ば問答無用で魔神との対決が始まった。

 アルテナもフレイアも、目の前で3人の冒険者を殺害した魔神の実力は、非常に高いものと感じた。が、どうあがいてもとてもかなわない、と感じることもなかった。だからこそ2人は、油断しすぎることも気負いしすぎることもない、いい集中力を持つことができた。

「いくぞ!」

 ダールが合図となる言葉を放った。同時に、アルテナとフレイアが魔神に向かっていく。

「走れ! 行け!」

 男に対しても指示を出す。男は、はっとしたように踵を返し、走り出した。

 そして、アルテナとフレイア対魔神の対決が始まった。

 速力に勝るフレイアが先に魔神にとびかかる。魔神はそれを迎撃しようとするが、フレイアのそれはフェイントだ。フレイアが攻撃の軌道を変え、魔神の虚をつくと同時に、アルテナがシールドバッシュをしかける。

 ガッ!

 成功だ。盾の一撃を受けた魔神は後方に体勢を崩す。そこをすかさずフレイアの追撃だ。が、

「ふん」

 体勢を崩されながらも、魔神はまた後ろに飛びのいてフレイアの攻撃をかわし、すぐさま体勢を整えた。

「逃がさないよ!」

 魔神の狙いは、伝令に行こうとする男だった。魔神は右手に力を込め、ボールを投げるような動作をした。

 すると魔神の右手から、火球が勢いよく男へ向かっていった。火炎魔法ファイアーボールだ。直径15cmほどの大きさだが、命中すれば大火傷は必至だろう。

 まさに命中するそのとき、

「アイシクルショット!」

 ミリアムの氷結魔法がそれを相殺した。火球と氷柱がぶつかり合い、バシュウと音を立てて蒸気になって消える。

 男は驚いた顔で振り向いた。が、

「止まるな!」

 一喝するようなダールの声に、男は再び駆け出し、広場から洞窟の通路へ消えていった。

 ひとまず、伝令役として、男をこの場から退避させることには成功した。サンシャインの4名は改めて魔神と対峙する。

「ふふふ~。やるねえキミたち。ちょっとは楽しませてもらえるかな」

 魔神としたら1人取り逃がしたわけだが、それはさほど気にしていないようだ。腕が鳴る、とでも言いたげに、鋭い爪が伸びている指を動かしながら、間合いを詰めようとする。

 当然、身構える4人。

 そのとき、ダール以外の3人は、ダールの読み通り、本当に魔神がいたことに、改めて驚きを感じていた。ダールが何故、魔神についてやけに詳しいのかはまだ要領を得ないが、あたりをつけた洞窟に本当にいるとは、意外だったのである。それと同時に、確かに脅威的な存在で微塵も油断できない相手だとは思うが、話に聞いていたほどではないなとも思っていた。今しがたの立ち合いの動きからしても、4人で協力すればなんとかなるのでは……? と思える程度だった。

「魔神は魔神だが……どうも生まれたてなのかもしれねえ。まだそんなに力がないと見た」

 それを裏付けるように、ダールが小声で言った。生まれたて、つまり魔神の中でも赤子のような存在ということだろうか。

「ここで殺せれば最上。少なくとも、一時退却だけでもさせられれば……」

「退却させるったって、ここは洞窟の最奥だぜ」

 フレイアが言う。確かにこの広場は、入ってきた通路以外に他の道はなさそうだ。

「あいつだって、歩いてここまで来たわけじゃないだろう。魔神は、魔界から空間転移で移動してくる。深手を負わせれば魔界に逃げ込むはずだ」

 ダールの説明は的を射ていた。

いわゆるこの世、と魔界はそれぞれ別世界だが、空間転移や、魔界への扉、ゲート、などを使って行き来することができる。ただし通常は不可能だ。空間転移のスキルや、ゲートを開けるスキルなどを使える者でなければ無理で、普通の人間にそれを使える者はいない。

 目の前にいる魔神はおそらく、最近魔界で生まれて、空間転移でこちらの世界へ現れたのだと思われる。

「なんにせよ、いま私たちがここで奴を止めないと、町に被害が及ぶんだな。それに、スタンビートが起きるかもしれないんだな」

 アルテナは、覚悟を決めるために、自らそう口にした。その言葉に、一同は覚悟を供にした。

(やつはここで止める!)

 決意と覚悟を決めた表情で、魔神を睨みつける。

「お~いい顔だねえ」

 魔神はせせら笑っている。

「その顔が絶望に染まるのが楽しみ……だ!」

 言い終わると同時に、地面を蹴る魔神。瞬時に4人との間合いが詰まる。

「ふん!」

 咄嗟にアルテナは前に出て、盾で攻撃を受け止める。ほぼ同時に、サイドステップしていたフレイアは、攻撃が弾かれた魔神に向けてパンチを繰り出す。

 ガッ!

 命中だ。左頬を殴られた魔神は右によろめく。

「アイシクルショット!」

 間髪入れず、ミリアムが魔法で追撃する。放たれた氷柱は、見事魔神の腹部を貫いた。

「はあ!」

「うおお!」

 さらに、ダール、アルテナが剣撃を加え、なんと魔神の左腕を切り落とし、胸部には深い切り傷を与えた。

「うぎゃああああ!」

 立て続けの攻撃に重傷を負った魔神は叫び声をあげた。

「やった……!?」

 その姿を見て、ミリアムが言った。しかし、歓喜の言葉ではなく、半分疑念が混じっていた。それはアルテナとフレイアも同じく感じていた。

(口ほどにもなさすぎる)

 手を抜かずに、必殺のつもりで攻撃をしたには違いないが、あっけなく致命傷を与えることができてしまったことに、かえって戸惑いを感じざるを得なかった。

「痛い! 痛いよおおお! ママー!」

 激しく痛がる魔神。腹に穴が開き、胸は裂かれ、腕を切り落とされているのだから、痛くて当然である。それにしても、それほどの重傷で、立ったまま騒いでいるのだから大したものだ。

 ……そう。子供が転んで膝を擦りむいたときのような、そんな程度のリアクションであることがおかしいのだ。

(こんな程度のわけねえだろうが!)

 そのときダールは、一見、戦闘不能レベルの重傷の相手に容赦なく切りかかった。狙いは首だ。

 しかし魔神は、ぎゃあぎゃあ騒いでいたのが噓のように冷静に、後ろに身を引いてその攻撃をかわした。致命傷を負ってるとは思えない軽快な動きだ。

「ちっ」

 ダールは口惜しそうに舌打ちをする。

 アルテナたち3人は、今度は、その深手でなんでそんな風に動けるんだと、別の戸惑いを感じた。

 すると魔神は先ほどまでとは打って変わってにやつきだした。

「なーんだ。騙されないやつがいるのか」

 魔神は見た目の重傷など無関係というような余裕の口調でそう言うと、魔力を集中させた。

 すると、みるみるうちに傷が塞がっていく。腹に開いた穴も、裂けた胸も塞がり、なんと失ったはずの左腕も元通り再生してしまった。

「はい元通り♪」

 魔神はなおもにやにやしながら、再生した左手をぐーぱーと動かす。

 ある程度予測していたダール以外の3人は、それを見て当然驚く。

「これが魔神、というわけか」

「そういうことだ。やつは魔力が尽きない限り、自分の身体を再生できる。だから、やつを倒すには、再生できなくなるまで攻撃をし続けるか、超火力で消滅させるかしかない」

「そういうことは先に言ってよね」

「まったくだぜ。まあとにかく、ボコボコにし続ければいいってことだな?」

 そうフレイアは言うが、そう簡単にいくことだろうか。フレイアにしても、余裕のない顔つきをしている。

「ふふふ。もっともっと遊んでもらうよ!」

 一方魔神は余裕で笑っている。無造作、無防備に歩いて間合いを詰めてくる。

「やつがこっちを舐めているうちに畳みかけるしかない。こっちがダメージを受ける前に、やつにダメージを与え続けるんだ」

 ダールは言った。

 それって、結局フレイアと言っていることは同じではないか。こちらはダメージを受けずに、向こうにダメージを与え続ける……そんなことができるだろうか。 だいたい、魔神の魔力とやらはどれほどあるのか。

 アルテナは、戦うしかないと覚悟はしているものの、不安を覚えずにいられなかった。

 

「はっ!」

 アルテナは気合の声とともに、鋭く剣を振り下ろす。見事、魔神の右腕を切り落とした。

「うぎゃぎゃー! 痛いよおぉー!」

 魔神は大げさに、いや、見た目にはあながち大げさではないが、魔神にとっては大げさに痛がる。

(白々しい!)

 アルテナは攻撃の手を緩めず、さらに踏み込んで、振り下ろした剣を斜めに切り上げる。

「痛い痛いいたあーい♪」

 魔神はふざけた声をあげながら、アルテナの攻撃動作中に瞬時に右腕を再生した。アルテナはぎょっとするが攻撃は止められない。魔神は、その再生された手でアルテナの顔面を殴打した。

「ぐあっ」

 カウンターが決まり、後方にダウンするアルテナ。

「そーれ♪」

 倒れたアルテナに追撃を加えんと、魔神は跳躍した。勢いをつけて踏みつぶす気だろうか。

「んなろお!」

 フレイアは体ごとぶつかりに行き、魔神の攻撃を阻止した。魔神はフレイアのタックルを受けて弾き飛ばされるが、こともなげに着地する。

「ん~いいよいいよ~」

 あくまで舐めた態度である。

 フレイアは歯噛みするが、舐められても仕方ないほどの実力差があることがわかってしまっている。すでに体の数か所にダメージを受け、息があがってきている。

 サンシャインの4人はどうにか戦闘を継続しているが、完全に舐めてかかってきている魔神に本当の致命傷を与えられない。一方で自分たちは、今しがたのアルテナの被弾といい、主に前衛のアルテナとフレイアが攻撃を受け、ダメージが蓄積しつつある。

 一言でいえば、劣勢だ。

 ダールは逡巡していた。

(“力”を使うべきか……? だが、こいつは本命じゃねえ)

 ありていに言えば、ダールは切り札を持っていた。それを使えば、目の前の生まれたての魔神ごときは瞬殺できるであろう程の、大きな力。しかし、それを使うのを躊躇するのは、大きなリスクが伴うからだ。もし、目の前の魔神を倒しさえすれば、あとはどうなってもいいというのなら、リスクを負ってでもと思えるところだが、ダールの考えでは、この魔神の裏に、さらに強大な存在がいるものと推測された。それは、先ほどから魔神が、ママ、と呼んでいることからも予想できる。そしてそいつは、ダールがかつての仲間を失うことになった原因の者かもしれなかった。

(あいつが言ってる、ママとやらが本当に本命なら、いま力を使うわけにはいかない。が、こいつにこのままやられてしまったら元も子もねえ)

 逡巡している間に、仲間たちの傷は増えていく。自分だって危険だ。

 ダールは、左手首につけている腕輪に手をかけようとした。

「ダール」

 不意に名前を呼ばれて、ダールははっとして振り返る。ミリアムだった。

「このままじゃジリ貧でやられる。なにか策は?」

 ミリアムは単に、現状の打開策はないかと言っただけだったが、ダールには、今しがたの思案と相まって、力があるならさっさと使えと言われているように感じた。もちろん、誰にも話したことがないのだから、ミリアムがそんなことを言ってくるはずもないし、ダール自身それはわかっているのだが。

「あ、ああそうだな。なんとかまず動きを止めて、そこを一気に畳みかければ」

「アタシもそう思ってた。だから、アタシの魔法であいつの足を止める。ただ、タメが必要だし動き回るやつには当てづらいから、あいつをアタシの前に誘導して。ひきつけたら、最低でもあいつの足は凍らせて止める」

「それじゃ、お前が危険じゃねえか」

「わかってるよ。でもどうせこのまま皆やられたら同じだし、なんとかしないと」

 ミリアムも強い覚悟の表情を浮かべる。

 ダールは、私情を絡めて、軽率に行動してパーティを巻き込んだことを省みた。

「わかった。いったん離れるぞ」

 ミリアムは頷き、ダールは魔神に向かっていった。

 アルテナとフレイアは今も懸命に戦っている。魔神にとっては、その言葉通り、お遊びのようなもののようだが。

 そこにダールが加わった。

「おらクソ魔神!」

 勇ましく攻撃を加えるが、あっさりかわされてしまう。

「あはは! 2人がかりじゃ無理だから、3人がかりってわけ~?」

 魔神はなおも余裕を見せつけてくる。

 アルテナとフレイアは、後衛のミリアムの防御を捨てて前衛に加わったダールを見て驚いた。しかし、攻撃を繰り出しながらもアイコンタクトをしてきたダールの様子を見て、なにか意図あってのこととすぐに察した。

 ちらりとミリアムの方を見ると、魔力を強く集中させて、なにか大きな魔法でも唱えそうだ。

 3人は、お互いに息を合わせながら攻撃を繰り出していく。

 さすがの魔神も全て避けられはしない。いくつかは命中する。しかしそれは、避けるまでもないとでも言いたげで、へらへらしながら傷をすぐに再生してしまう。こんな具合で、魔力を尽きさせることなどできるのだろうかと不安になるが、今は余計なことを考えずに攻撃を続けるしかない。

 魔神のほうも反撃してくる。しかし、致命的ではない。明らかに手を抜いている。いつでも殺せるぞとでも言いたげに、いちいち小突くだけのような反撃を当ててくる。

(バカにしやがって……だがだからこそチャンスだ)

 ダールは、それとなくミリアムのほうへ誘導していく。

「なかなか頑張るねえキミたち。でも、3人とも前に出てきたから、後ろのお友達が1人になっちゃってるよ!」

 魔神は、隙あり、とばかりに突然、一気にミリアムのほうへ向かっていった。

「あ! 待て!(かかった!)」

 猿芝居だが、ダールは、しくじった風を装った。

 アルテナとフレイアは、直接作戦を聞いていないから不安だったが、2人の様子からして、これがなにかの作戦だと信じた。

 ミリアムは、迫ってくる魔神に恐怖を感じた。なにせ相手は、人間の体を素手で貫くような相手で、その犠牲者は今もすぐ近くに転がっている。戦士タイプでなく、体も小さい自分など、ひとたまりもなくやられてしまうだろう。

 しかしまっすぐ自分に向かってきている今が好機であり、それは狙い通りなのだ。ここでやらなければ、どのみち自分も、他のみんなもやられてしまう。

 ミリアムは意を決して、集中した魔力を解き放った。

「アイスエンド!」

 ミリアムが両手をひろげて前方に突き出すと、その前の空間の温度が急激に低下する。

 魔神はその空間に自ら突っ込むかたちとなった。

(さむっ!)

 魔神が寒さを感じた次の瞬間には、空間に存在する水分が凝固しはじめる。そしてさらに次の瞬間には、魔神の体ごと凍てつかせていく。

「う……が……」

 魔神はその場から逃れようと考えたが、足を地面に着いた瞬間、そのまま凍り付いて動かなくなってしまった。動きの止まった魔神の体をさらに容赦なく冷気が襲う。

 ミリアムを攻撃せんと振り上げていた右手もそのままに、魔神は氷の彫像となった。

「はあっはあっ……!」

 緊張と、多量の魔力を放出したことで、ミリアムは激しく呼吸を乱している。

「すごい……!」

 アルテナたち3人は、あまりに見事なミリアムの魔法に思わず見とれ、一瞬だが動きを止めてしまった。

「! 今のうちに!」

 我に返ったダールが剣をかまえて駆け出す。アルテナとフレイアも続く。

「俺に任せろ!」

 かちこちに凍り付いた相手を砕くならば、自分の出番だとばかりに、フレイアがとびかかった。

「悪く思うなよ!」

 身動き取れない相手を殴りつけるのは気が引けるものだが、今はそんなことを言っている場合ではない。粉々に粉砕するつもりでフレイアは拳を振るった。

 しかし、そのとき、突然魔神が爆発した。

 いや魔神が爆発したのではなかった。魔神の周りの氷が一気に蒸発したため、爆発を起こしたのだ。

「あつっ!」

 爆風に吹き飛ばされるフレイア。

 バシュウウウウウ!

 さらに水分が蒸発していく音がし、蒸気がたちこめる。

「まさか……!」

 ミリアムは愕然としながらそれを見ていた。アルテナとダールも、異様な熱気にたじろぎ、攻撃を止めた。

 蒸気が晴れると、氷から解放された魔神が立っていた。その顔は常にへらへらしていた先ほどまでとは打って変わって、非常に険しくなっている。さらにその表情に応じるように、魔神の体全体をうっすらと炎が覆っている。

「あの状態から……!?」

 自らの氷結魔法が、魔神の火炎魔法によって破られたことをミリアムは悟った。身じろぎできないほどに凍結したあの状態から、魔神は強力な火炎魔法で一気に氷を融解、さらには瞬時に気化させたのだ。そのために瞬間的に爆発が起きた。

 炎を纏う魔神は、

「いや~今のはさすがに油断しすぎたな。ちんけなエルフがなかなかやるじゃないか」

 と言い、顔を怒りで歪める。

「ちょっと本気出しちゃったじゃないか……よ!」

「魔法で防御しろ!」

 魔神は言葉と同時にファイヤーボールをミリアムに向けて放った。さらにそれと同時に、ダールは叫んだ。

 ファイヤーボールはミリアムに命中した。全身が火炎に包まれ、悲痛な叫び声をあげるミリアム。

「ああああああ!」

 ミリアムは倒れた。炎は消えたが声も消え、動かない。

「ミリアム!」

「くそっ!」

 アルテナとダールはミリアムのもとへ駆け寄ろうとする。しかしその直線上には魔神がいる。

 当然、魔神は2人を攻撃する。

 アルテナはその攻撃を盾で受け止めた。

「頼む!」

 アルテナの言葉に、ダールはミリアムのもとへ駆け寄った。

「ミリアム!」

「うう……」

 ミリアムは生きていた。しかし髪や服が燃えたあとがあり、肌も大やけどをしている。しかし、さきほどの火炎の勢いからすると、まだマシな状態であるのは、ミリアムが咄嗟に氷の膜か何かで防御をしたからだと思われた。とはいえ、一刻も早く治療をしないと危険だ。が……。

「だんだんムカついてきたなお前ら。そろそろ終わらせるか」

 思わぬピンチに機嫌を損ねたらしい魔神が、先ほどよりも強く攻撃をし始めた。

 爆風に飛ばされたフレイアも戻ってアルテナを援護するが、ダメージと疲労で、もはや殺されないことで精いっぱいだ。それすらももう長くはもたないだろう。

 いつやられてもおかしくないアルテナとフレイア。瀕死のミリアム。魔神を撃退することも、逃げることもかなわない。

「迷ってる場合じゃねえだろ……!」

 ダールは決心し、腕輪に手をかけた。

 そのとき。

「とおおおおりゃあああああああ!!!」

 掛け声とともに風が通り抜けた。

 魔神の顔面に命中したキックは、魔神の顔面を歪ませ、魔神の体を洞窟の壁まで吹き飛ばした。

 風の正体は、獣人族の娘。冒険者パーティ、サンライズのメンバーのひとり、スイであった。

「うおりゃあああ!!」

 スイはさらに、壁に激突した魔神に向かってひとっとびすると、猛烈な連打を浴びせた。

 突然の状況に、アルテナフレイアダールは唖然として動きをかためてしまった。ダールは腕輪を手にかけたままだ。

 自分たちを殺そうと襲い掛かってきていた魔神が突如視界から消え、さらには壁際で猛攻を受けていることに、アルテナとフレイアは驚いた。

「あの人は……」

 アルテナたちは、会話等の絡みはないが、スイのことは知っていた。今はエントとパーティを組んでいる獣人族の娘だ。ということは……。

 再び風が洞窟の広場に入ってきた。その風はダールの前で止まった。

「あんたは……」

 ダールがそう言って見上げた人物は、カイだ。

 カイは大やけどを負って倒れているミリアムを見ると、すぐに跪いた。

「回復魔法をかけます!」

 そう言って、ミリアムの治療を始めた。

 驚いていたダールは、はっとして、魔神はスイが抑えているらしいことを確認すると、

「俺も回復魔法は使える」

 と言って、カイの回復魔法に重ねがけをした。

「助かります。これなら早く治療できる」

 カイは言った。言葉の通り、やけどが見る見るうちに治っていく。

 そして、

「アルテナ!」

 カイとスイに遅れて到着したのは、そう、エントだ。

 

第5章 完