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小説を書いた 第三章

第3章

 

 アルテナは焦っていた。

 初めてフレイアをゲストに迎えてクエストをこなして以降、トレーニングとクエストを繰り返しているが、クエストのほうがうまくいかない。

 最初のオーク討伐は成功こそしたものの、実質ゴールドランクのフレイアが1人で全て片付けたようなものだった。しかし、実質ゴールドの1人と実質ブロンズの3人のパーティでは、毎回それでなんとかなる、というわけにはいかなかった。

 

「ほら、そっち行ったぞ!」

「わかった! ……くっ」

 フレイアの声に、アルテナは反応するものの、体がついていかない。討伐対象のウルフに攻撃を加えんとするものの、回避される。しかもそのまま逃げられてしまう。

「逃がすか!」

 ミリアムは氷結魔法のひとつ、アイシクルショットを放った。しかしそれも避けられてしまった。

「あーあ。クエスト失敗だぜこりゃ」

 そう言うフレイアの足元には3匹のウルフの死体。しかし、クエストはウルフ6匹の討伐だった。半分しか達成できておらず、しかも今回も敵を倒したのはフレイアだけだ。

「やっぱまだまだ動きがとろいな。お前ら3人とも! この調子じゃ期間内に俺に追いつくなんてできないんじゃねーか?」

 フレイアは煽るようなことを言ってくる。アルテナは、悔しさ、というより不甲斐なさに歯噛みする。

 

 この件が、オーク討伐成功後に行ったクエスト。事実上、サンシャインとして初のクエスト失敗となった。

「長く活動される方で、クエスト成功率100%を維持する人なんていませんから」

 サンシャインの失敗報告に、受付嬢はそう励ました。失敗報告は依頼人に挙げなければならず、そうなるとまず苦情を言われるのはギルドであるのに。

 しかし、その後もサンシャインは失敗を続ける。メンバーがダメージを受けたことによるクエスト断念、討伐対象の取り逃がし、と、立て続けに失敗し、都合3連敗ということになった。

 さすがにそうなってくると、受付嬢も苦言を呈さないわけにいかない。言いづらそうにではあるが、

「次また失敗して、4連敗ということになりますと、シルバーランクとしての信用なし、とみなされて、ブロンズランクへ降格になってしまいます……」

 と宣告した。

 シルバーランクを維持するために、シルバーのクエストの中でも、比較的難易度の低そうなものを受けるテはある。が、

「世界一目指してんのにせこくシルバーにしがみついても意味ねーだろ」

 というフレイアの一言で、あくまで難しい討伐を選ぶことにした。

 そして、降格がかかったクエスト、ゴブリン討伐にサンシャイン一行は赴いた。

 

 ゴブリンといえば、オークなどに比べて体躯は小さく、力、素早さ、知能どれをとっても大したことはない、低級のモンスターである。が、繁殖力だけは異常に高く、そのため群れの規模によって脅威度は全く異なる。

 それは単に頭数の問題だけではない。力、素早さ、知能がどれも低いと述べたばかりだが、規模が膨れ上がるにつれ、上位種が出現するようになり、体格も一段と向上し、魔法を操る個体さえ現れる。

 一説によると、オークを手駒に従え、ウルフを乗用に使役する集団がいたことがあるらしい。

 だから、たかがゴブリンと侮れないことは冒険者にとっては常識であった。

 ところで今回のクエストはシルバーにランク付けされている。というわけで、単にゴブリン討伐といっても、それなりの規模であることが予想される。それに情報によれば、ゴブリンメイジがいるようだとのことであった。先述もした、魔法を使うゴブリンである。

 サンシャイン一行は情報をもとに、ゴブリンの巣と思われる洞窟を見つけた。その入り口にはトーテムが設置されており、なるほどこんなものを作るということは、知能の高い個体がいると考えてよさそうだ。

 松明に火をつけ、侵入する。先頭はアルテナ、フレイア、ミリアムと続き、しんがりはダールという隊形。

 慎重に前進する一行。しばらくは何事もなく進む。

 そのとき、アルテナは何かに気付いた。

「ん? これは……入口にあったものと同じトーテム?」

 アルテナの言葉通り、そこには洞窟の入り口にあったものと同じと思われる形のトーテムが立てられていた。

「巣が近いということか?」

 とアルテナは言い、先に進もうとする。

「待て」

 制止したのは、しんがりのダールだ。

「アルテナ、こっちの壁を照らしてくれ」

 ダールは、トーテムのある側とは反対を示して言った。アルテナが言う通りにそこを照らすと、そこには横穴が開いていた。驚くダール以外の3人。

「トーテムに注目させて、こっちの横穴を見落とさせるって寸法だな。松明をトーテムに向けちまうと、反対側のこの穴は完全に暗がりで見えなくなっちまう」

 ダールは解説する。感心する3人。

「ずいぶん詳しいのね」

 そう言ったのはミリアムだ。

「いちおう、こん中じゃ歴は長いからな」

 冒険者としての一日の長というところを見せるダール。

「この横穴も巣につながってるだろうな。このまま全員でまっすぐ乗り込んでいったら、ここから回り込んで来た奴らに後ろをつかれると」

「なるほど。では……」

 アルテナは、ダールの解説を聞き、一瞬思案した。リーダーとして、この後どういう作戦で動くべきか? ぱっと思い付いたのは、2手に分かれることだった。しかし、戦力を分散させることにはリスクもつきまとう。分けるとしても、どう分ける? ほんの数秒だが、どうすべきかを考えて言葉に詰まった。

 先にダールが口を開いた。

「俺が1人で先に進む。奴らに気付かれたら、うまいこと後退する。3人はこの穴より後ろで待機しててくれ。奴らは挟み撃ちにしようと横穴を通ってくるはずだから、奴らが出てきたら逆にバックアタックを喰らわしてくれ」

 ダールは作戦を説明した。理にかなっているようだが……。

「それはつまり、囮になるってことじゃないか。ダメだ。危険が大きすぎる」

 アルテナは言った。正直に言って、並のブロンズランク程度の実力と思われるダールに、単独で囮になる作戦がうまくいくとは思えなかった。

「やらせてくれ。正直、いまこの中で普段役に立ててないのは俺だからな」

 ダールはそう言った。が、普段、役に立ってないなどと微塵も思っていなかったアルテナは、そんなことを気にしていたのかと、それが心底意外だった。

「そんなことは……」

 アルテナは、自分の実力をどうにかしなければならないことで精いっぱいで、他人の実力がどうと気にしている場合ではなかった。

「作戦は悪くねえんじゃねえか? 心配なら、俺もおっさんについっていってやるよ。それならいいだろ? リーダー?」

 フレイアが言った。確かに、実質個人ゴールドのフレイアと一緒ならば、囮のリスクは減らせると思われる。その分、バックアタックの火力は減ることになるわけだが。

「……わかった。それではここで二手に分かれよう。ダール、フレイア、無理はしないでくれ」

「俺だって死にたくはないさ。それより、俺たちが挟み撃ちされないように、バックアタックはしっかり頼むぜ」

 ダールはそう応えると、松明を受け取り、フレイアとともに奥へ進んでいった。

 アルテナとミリアムは、待ち伏せを気取られないよう、灯りなしで洞窟の壁際に寄って待機する。

 慎重に前進するダールとフレイア。フレイアがダールに話しかける。

「なあ、おっさん。見た感じもう40過ぎくらいだろ? それでブロンズランクって、なんで冒険者続けてんだ?」

 実際はまだシルバーなのだが、エントが抜けた今、実質ブロンズなのは確かだった。そしてフレイアの言う通り、ダールの年齢でブロンズランクで冒険者を続けるメリットはあまりない。ブロンズの冒険者が稼げる額など知れていて、その額を稼ぎたいなら冒険者でなくても良い、という話になる。そういう人たちが冒険者を続ける理由は、たいてい、うだつがあがらないとしても、冒険者が好きだ。というものか、冒険者しかやってこなかったから、今更それ以外ができない。というものだ。

 フレイアの質問に、ダールは、どう答えたものか、苦笑いをする。

「まあ、年くってりゃ当たり前かもしれねえが、ゴブリンについて詳しかったり、ホントは、若い頃はもっと上のランクにいたクチだろ?」

 フレイアは言った。フレイアは軽口のつもりだったかもしれないが、意外にも核心をついていたその言葉は、ダールをぎくりと思わせた。

「まったく、お前さんは変に勘がいい——」

 言葉の途中で、洞窟の奥の方から気配を感じた。フレイアも同様だ。

「おいでなすったな」

「よっしゃ。いっちょぶちかますか」

 拳を鳴らしながらフレイアは前へ出ようとする。

「おい! あんま突っ込むなよ。奴らが何匹いるかもこっちはわからないんだ。手筈通り、戦いながら後退するぞ」

「要は横穴通ってくる奴らを、後ろの姫2人が不意打ちできればいいんだろ? 俺たちは俺たちで前の敵を減らせばいいじゃないか」

 それはそうだ。が、敵の全容が見えない以上、深追いは危険だ。しかし、実質ゴールドのフレイアには、彼女なりの自信があるし、ダールもそれはわかってはいた。

 前進したいフレイアと、後退したいダール。2人の歩調にズレが生じた。

 そのときだった。

 油断をしていたわけではなかった。たまたまだった。どうする? とダールが思考をめぐらせたその一瞬、敵の方から注意がわずかに逸れたその一瞬と、敵の攻撃のタイミングが合ってしまったのは、たまたまだった。

「いっ……てえええ!」

 ダールの太ももに突き刺さった矢。明らかにゴブリンが放ってきたものだった。さすがにフレイアも顔色が変わる。

 ダールの叫びを合図にしたように、今度は剣や斧や棍棒を手にしたゴブリンたちが接近してくる。フレイアは傷を負ったダールの前に立ち、

「おいおっさん、歩けるか!? 後退するぞ!」

 と言いつつ、襲い掛かってくるゴブリンどもを迎撃する。

「言われなくても、下がるさ……!」

 ダールは矢を受けた左足を引きずりながら、懸命に歩く。

ゴブリンたちは、相手が手負いだとわかっているのだろう、苛烈に攻撃をしかけてくる。しかし、そこは暴竜のフレイア。ゴブリン程度の攻撃は軽くいなしつつ、的確に反撃を加えていく。しかし——

(数が多い!)

 1人でどれだけ捌ききれるのか。終わりの見えないゴブリンの攻撃に、フレイアは不安を覚え始めた。

 

 一方、時間は少し戻り、横穴の手前で待機しているアルテナとミリアム。

「ねえアルテナ。最近あなた、ちょっと気を張りすぎてると思う」

「ん? そうか?」

 ミリアムの言葉に、とぼけたような返事をするアルテナ。

「そうよ。1か月でフレイアに勝つってことにこだわりすぎてるっていうか……最近、ろくに休んでないじゃない」

 ミリアムの言う通り、アルテナは、クエストにあたっているときと、フレイアと組手などをしているとき以外にも、休む間も惜しんで自主トレーニングをしていた。これまでのクエスト失敗の原因に、オーバーワークが関わっていないとは言えなかった。

「フレイア加入に失敗したとしても、なにもいきなり死ぬわけでもないし、あたしは急に抜けたりしないし、多分ダールも」

 心身を削っているかのような、近頃のアルテナの様子を、ミリアムなりに心配しての言葉だった。

 ミリアムの気遣いが、アルテナの心に刺さる。

 アルテナ自身、無理をしていることを自覚していないではなかった。しかし、アルテナはアルテナで、居ても立っても居られない理由があった。

(エントに申し訳が立たない……)

 パーティのための、エント追放の決断だったはずなのに、エントが抜けたことで弱体化して、パーティが後退してしまうのでは、追放した意味がない。それではエントに申し訳ない。それがアルテナの心情だった。

 それを言おうかどうしようか。この洞窟の中で。アルテナがそんな風に考えていた時、

「……ってえええ」

 奥の方から叫び声が聞こえた。ダールだ。アルテナとミリアムに緊張が走る。

「今のは……!」

「なにかあったんだ」

「行こう!」

 飛び出そうとするアルテナを、ミリアムはぎょっとして、慌てて止めた。

「ちょっと! ここで動いたら作戦が台無しでしょ!」

「でも! 今の声は、助けないと!」

「そうだけど、今動いて私たちが背後を取られたら、助けるどころか共倒れだよ」

 ミリアムの言う通り、いま横穴を通り過ぎてダールとフレイアのもとへ向かえば、横穴を通ってくるゴブリンに背後をつかれ、挟み撃ちにされてしまう。そうなっては元も子もない。

「落ち着いてアルテナ。フレイアも一緒だしきっと大丈夫。あたしたちはあたしたちのやるべきことをやらないと」

 ミリアムはアルテナをいさめる。どちらがリーダーかわからないような構図。これも、アルテナの焦りによる判断力の低下なのか。

 もどかしげに歯を食いしばるアルテナ。そうしていると、横穴のほうから物音が聞こえてきた。

「きた……!」

 ミリアムは、身を乗り出していたアルテナを引っ張り、壁に張り付いて息をひそめる。

 ぺたぺた、とでもいうようなゴブリンの足音が、読み通り横穴から洞窟の奥の方へと向かっていく。何匹いるのだろうか、ひとしきり、集団が横穴から出たようである。

「行こう」

 アルテナは言い、今度はミリアムも同意した。

 抜刀し、遠慮なく駆け出すアルテナ。ミリアムも続き、走りながらも魔力を集中する。

 暗がりに5匹ほどのゴブリンがいるのが見えた。全員背を向けている。しかし、走って接近しつつある2人の足音に振り向けかけた。そのとき、

「はあっ!」

 一気に間合いを詰めたアルテナが剣を振り下ろす。見事、ゴブリンの肩から袈裟懸けに入った剣は一撃でゴブリンを絶息せしめる。

 奇襲をうけ慌てたゴブリンたちは体勢を立て直そうとする。

「アイシクルショット!」

 しかし、そこにミリアムの魔法が飛んでくる。氷柱がゴブリンを貫く。

 そして1匹目から剣を抜き、すでに次の攻撃態勢に入っているアルテナが残り3体に襲い掛かる。

「どけえっ!」

 半ばがむしゃらに剣を振るうアルテナ。

(早く……早く2人のもとに行かないと!)

 奇襲は大成功で、ゴブリン5匹はパニックのまま全滅した。

 急いで奥へ走る2人。

 戦闘音と、フレイアの声が聞こえてくる。そして、動く人影が見えてきた。

「ダール!」

「お前ら! 作戦は……」

「成功だ。ダールの言った通り、横穴から出てきた奴らを奇襲して全部倒したぞ!」

「そうか。良かった。……が、悪いがこの通りだ。俺は後退する。フレイアを援護してやってくれ」

 奥の方からはまだ戦闘音とフレイアの雄たけびが聞こえてくる。

「ミリアム、ダールを頼む。2人で洞窟を出てくれ。私はフレイアのところへ行く」

 アルテナはそう言って、奥へと走っていく。

「……アタシのほうが背が低いし肩を貸すなんてできないから、頑張って自分で歩いてよね」

「やれやれ。こっちはケガしてるってのに、優しくないエルフさんだ」

「護衛はするわよ。さあ、早く外に出よう」

 ミリアムとダールはアルテナの指示通り、外に向かって歩き始めた。

 

 アルテナはすぐにフレイアに合流した。

「こっ……の野郎!」

 フレイアの拳がゴブリンにヒットし、ゴブリンは吹っ飛んで昏倒する。

「フレイア!」

「おー来たか! おっさんは大丈夫か!?」

「いまミリアムと一緒に外を目指してるはずだ!」

「そんじゃあウチらも退却しようぜ! キリがねえよこいつら!」

 フレイアは、目だった傷を負ってこそいないが、息を切らし始めている。このままじり貧で戦い続けても危険が増すばかりなのは明らかだ。

「よし。援護する。後退しよう!」

 盾をかまえ、敵の攻撃を受けながらじりじりと後退するアルテナ。そのわきから、隙あらば拳や蹴りを繰り出すフレイア。

 ゴブリンたちはそれでも執拗に攻撃を……繰り返してはこなかった。アルテナが合流して敵が2人になり、しかも盾で防御をかためているからか、攻めあぐねているような様子である。戦局は膠着状態となり、アルテナとフレイアが後退すれば、その分だけゴブリンたちが前進するという具合だ。

 攻撃が来ないだけ楽だ。フレイアは、そう思いかけたとき、ふとある違和感を覚えた。

(追ってくるゴブリンの数が減ってないか……?)

 自分の攻撃でいくらか数を減らしたのは確かだが、今までの攻撃の圧力から考えると、目の前にいるゴブリンたちは数が少ないように思えた。

 そう思うのと同時に、フレイアにある考えが浮かんだ。それはぞっとする考えだった。

「おいアルテナ。走ってあいつらのとこに行くぞ」

「え?」

「この際背を向けてもいい。とにかく急ごう」

「どういうことだ?」

「多分、やつらもう一度横穴を通ってくるぞ!」

 フレイアの言葉に、アルテナも戦慄した。このペースでじりじりと後退していたら、そして手負いのダールとそれについているミリアムは、今度こそ挟み撃ちにされてしまう。

「いいな?」

 フレイアの言葉に、アルテナは頷いた。

 そして、思い切って目の前のゴブリンたちに背を向け、一気に走り出した。当然、ゴブリンたちも走って追いかけてくる。

「うおおおおおっさん!」

「ミリアム!」

 走れば2人にはすぐに追いついた。

「な、なに?」

 戸惑うミリアムとダール。それをよそに、フレイアはダールをかつぎあげた。

「お、おい? なんだよ?」

「横穴をまた通ってくる! 急いで逃げるぞ!」

 ダールもミリアムも事態を理解した。しかし、

「フレイア降ろせよ! お前の足が鈍っちまうだろ!」

 かつがれたダールは言った。

「うるせえ! おっさんはこうでもしないと逃げらんねーだろうが!」

 フレイアはそう軽くはない中年男性のダールをかついで走った。当然、疲れる。が、そこは気合だった。

「ミリアム! 魔力を溜めておいてくれ!」

 アルテナの指示が飛ぶ。

「わかったけど、走りながらじゃなかなか……!」

 文句を言いつつ魔力集中を試みるミリアム。

 トーテムが見えた。横穴のところだ。4人とも通り過ぎる。退路を断たれるようなことはされずに済んだ。

 通り過ぎた直後、アルテナはちらりと後ろを振り返ってみた。するとちょうど、横穴から別動隊のゴブリンが出てくるのが見えた。フレイアの読み通りだった。気付かずにいたら、4人とも挟み撃ちにされていただろう。

 さて挟み撃ちは避けられたが、しかし危機が去ったわけではない。ダールをかついでいるフレイアのスピードはいつもよりはるかに遅く、アルテナとミリアムもそれに合わせるしかない。当然、背後からゴブリンの追手が迫ってくる。

「ミリアム! 魔法いけるか!?」

「強いのじゃなければ!」

「ちょっとでいい、足止めを!」

 アルテナの指示に、ミリアムは立ち止まり振り返る。

「アイシクルプリズン!」

 ミリアムの叫びとともに、ゴブリンの前に強固な氷柱による牢が形成……されない。魔力が足りずに、申し訳程度に地面を凍り付かせ、わずかにつららが上に向かって伸びただけだ。

 しかし、案外効果はあった。突然地面が凍り、氷の突起が突き出してきたのだから、走りにくいことこの上ない。ゴブリンたちの先頭は転倒し、それに足をつかえて次のゴブリンも転倒し、次のゴブリンは転倒した前2匹と、前進しようとする後続に挟まれ……時間稼ぎとしては上出来だった。

 本人にとっても意外な効果に、内心安堵しつつ、踵を返して撤退を図るミリアム。前3人と合流する。

「うまくいったと思う!」

「よし! このまま逃げ切ろう!」

 懸命に走る4人は、どうにか洞窟の外に出ることに成功した。

 洞窟を出るとあたりは森だ。いくらか茂みの中に入り、身を隠す。が、ダールの出血により、居場所はすぐに割れると思われた。とはいえ、大きく息を切らしているフレイアを休ませる必要もあった。

「洞窟の入り口を警戒する。フレイア、疲れてるところ悪いが、ダールを頼む」

「はあはあ……おう。任せとけ」

「ミリアムもまた魔力を溜めておいてくれ」

「はあはあ……だよね。なんとか、頑張る」

 アクシデントにより、2人は疲弊し、ダールは矢傷を受けている。いちおうは4人の中で一番元気なアルテナが追撃を断たんと洞窟の入り口に立ち、構える。

 外に出られて散開されるよりは、ある程度集団がかたまっている洞窟の出入口付近で叩けるだけ叩こうという算段だ。

 フレイアは、息を切らしながらも、ダールの傷を診る。

 太ももにざっくり刺さっているが、貫通していない。出血はまあまあしているが、矢を抜けば大量出血するだろう。とはいえ、

「おっさん。回復魔法使えるんだよな? 矢を抜いてすぐに自分の傷を回復することはできるか?」

 フレイアは言った。矢が刺さったままでのこれ以上の行動は困難に思われた。

「使えるが、ちょ、ちょっと待て」

 横に寝かされていたダールは、上半身を起こして自分の傷を見た。右太ももに刺さっている矢。矢柄はいかにも粗末で、矢羽根も急ごしらえな感がある。こんな低品質な矢で射抜かれたことに悔しさを通り越して笑ってしまいそうになる。

「抜くより、押し込んで貫通させてくれ。そしたら矢羽根を切って下から引き抜いてくれ」

 ダールは、聞いただけで太ももがむずむずしてくるような提案をしてくる。

「ゴブリンどもの粗末な矢だと、引き抜こうとして柄だけ抜けて矢じりが残っちまうことがあるんだ」

 ダールは説明するが、やれと言われてはいわかりましたと容易く実行できることでもない。しかしダール自身、相応というか相当な痛みがともなうことはわかっている。

「わ、わかったけどよ。いいんだな?」

「ああ……頼むぜ。と、その前に」

 ダールは周囲を見回し、手ごろな木の枝が落ちているのを見て、それを拾い、口にくわえた。

「やってくれ!」

 枝をくわえたままダールは言った。

 フレイアも意を決して、矢を押し込んで一気に貫通させた。

「~~~~~~!!!!」

 すさまじい痛みに、声にならない声をあげ、歯が食い込むほどくわえた木の枝を噛み締めるダール。

 そばで見ているミリアムも顔をしかめる。

 普段モンスターを撲殺するフレイアも、仲間の肉を貫く感触に嫌悪感を覚える。

「だ、大丈夫かよ!?」

 フレイアは思わず心配の声をかけた。

「ふーっ! ふーっ!」

 激しく息をするダール。しかし、くわえた木の枝を吐き捨てると、やや大げさなほどに深呼吸をして息を整える。

「大丈夫だ……!」

 苦悶の表情ながら、なんとか刺さった矢を自分でおさえるダール。

「おさえてるから、矢羽根を切ってくれ」

 とダールは言い、フレイアはダールの剣を使って矢羽根を切り落とした。おさえていても、いくらかは矢柄は動く。ダールは痛みを堪える。

「ここまでくれば……」

 ダールは、貫通した矢じり側の柄をつかんで、一気に引き抜いた。

「いいいいいいって……!!」

 痛みととともに、矢の抜けた穴からは血が溢れだしてくる。

 ミリアムとフレイアはハラハラしながら見ている。

 ダールは傷口をおさえ、痛みに苦しみながらも、なんとか魔力を集中する。そして回復魔法を使用し、傷口を塞ぐ。

 ゆっくりとだが、傷が塞がっていく。失った血液までは戻らないが、これでひとまず出血は止まる。

「はあはあ……とりあえずこれで大丈夫だ。サンキューな、フレイア」

 回復魔法は傷の治癒はできるが、体力の回復まではできないし、なんなら身体を無理やり治癒させている性質上、体力はむしろ消耗する。ダールはここまでの経緯からの疲労ももちろんあったが、傷の回復によりいっそうぐったりした様子だ。

「お、おう。まあなんとかなって良かったぜ」

 安堵するフレイア。横にいるミリアムも同様だ。

「アルテナは?」

 ダールは言った。

「あ、アタシ呼んでくる」

 ミリアムがアルテナのところへ行った。

 洞窟の入り口を警戒していたアルテナ。ミリアムがそこへ行くと、2匹のゴブリンの死骸が転がっていた。どうやらアルテナがやってらしい。

 アルテナは剣と盾を構えて臨戦態勢で洞窟の入り口を睨んでいる。その洞窟の入り口の、ちょっと中に入ったところに、ゴブリンどもがたむろしているのが見える。外に逃げ出した冒険者一行を追撃したいが、出口に陣取られて攻めあぐねている様子だ。

「アルテナ」

 ミリアムは声をかけた。

「ミリアム。ダールは?」

「大丈夫。矢は抜いたし、回復魔法で傷も塞いだ。だいぶ疲れてるけど」

 ミリアムの報告に、アルテナは、かすかに表情をやわらげて少しだけ息を吐いた。

「よかった……。よし、じゃあ、撤退しよう」

「わかった。じゃあ出口を塞ぐ」

 ミリアムは今度は十分に集中して、

「アイシクルプリズン!」

 洞窟の出入口を氷柱で塞いだ。洞窟全体が牢になったようなものだ。氷柱なのでいずれは溶けるし、叩けば破壊することはできるが、時間稼ぎには十分だ。

 外に出られなくなって騒ぐゴブリンどもを尻目に、アルテナとミリアムはその場を離れた。そしてダールとフレイアと合流し、最も疲弊しているダールを介助しながら、町への帰路へついた。

「……クエスト失敗だな。すまない。俺のせいで」

 途中、ダールはバツが悪そうにみんなに謝罪した。

「いいや! ダールのせいじゃない。気にするな」

 アルテナはすぐに否定した。

 フレイアも口には出さないが気まずそうにしている。自分がついているからと作戦を押し通したのに、ダールを負傷させたことを気に病んでいるのかもしれない。

 アルテナはそんなフレイアの様子を見て、

「フレイア。ダールを守ってくれてありがとう」

 と言った。

「よしてくれよ。俺が気を張っていれば、そもそもあんな矢なんか……」

 フレイアは顔をそむけて歯噛みした。フレイアには、メンバーの中で自分が一番実力上位だという自覚があるし、それは事実だ。その自分の目の前でパーティメンバーが負傷したことは、彼女にとって猛省すべき失態だった。

 なんにせよ、ゴブリンの討伐は完了せず、負傷者を出して敗退となった。一行は一様に暗い雰囲気のまま町に戻り、したくない報告をしに、ギルドへ赴いた。

 苦戦を物語るように、ボロボロの有様でギルドに入る。そのとき、ちょうど同じタイミングで、ギルドから出ようとする者と鉢合わせになった。

「アルテナ……」

「エント……」

 それはエントだった。

 パーティを追放してから、およそ半月ぶりの再会。エントは、わずかに冷笑しているような微妙な表情だ。アルテナは、今しがた敗退してきた自分たちが見下されているように感じた。が、いちおうは笑顔を繕った。

「久しぶりだな。……元気か?」

「ん? まあ、元気だよ。それよりそっちは、あまり元気じゃなさそうだね」

 エントは、サンシャイン一行の様子から、クエストを失敗したのだと察し、嫌味たらしく言い放った。

「ああ……そうだな。クエストで苦戦してな。これから報告をするところだ」

 アルテナはそう言って、エントの横を通り過ぎようとする。

「失敗の報告を?」

 エントは口元を歪ませながら言った。アルテナ以外の3人もさすがにエントを睨みつける。

「おっと、怖い怖い。どうぞクエストの成果を報告してきてよ」

 あくまで嫌味な態度のエント。アルテナは、しかし、目を伏せて歯を噛み、言い返さなかった。

 受付嬢にクエスト失敗を報告するサンシャイン一行。

「残念ですが……申し上げていた通り、サンシャインの皆さんは、パーティランク、個人ランクともに、ブロンズランクに降格となります」

 報告を受け、言いにくいことを告げる受付嬢。しかし仕方のないことだ。

「フレイアさんはゲスト扱いですので、いちおうはまだシルバーランク維持ですが、今後の査定に響いてくることはご承知おきください」

 説明を受け、アルテナ、ダール、ミリアムの3名は、クエストで失敗した悔しさ、クエストから帰ったばかりの疲労を重く感じながら、さらにせっかく賜ったシルバーランクのドッグタグを返却しなければならないという、悔しさの上塗りを体験しなければならなかった。それを見ているフレイアとしても、他人事ではない口惜しさを同時に感じていた。

 さらに、その様子を周りで見ていた冒険者たちがざわつきはじめた。

「おいおい、あのサンシャインが降格だってよ」

「あれが銀麗のアルテナかよ? てんでみすぼらしいじゃないか」

「なんでも、メンバーのトレード失敗で弱体化とかって話だぜ」

 口々に好き勝手なことを言う冒険者たち。それはサンシャイン一行の耳にも入っている。アルテナたちは伏し目がちに、誹謗に耐える。

 手続きを済ませて、サンシャイン一行は踵を返してギルドを出ようとした。しかしそこで、わざわざ待っていたエントが、わざわざ話しかけてきた。

「おやおや。しばらく見ない間に、ずいぶんと落ちぶれたもんだね。僕が抜けたらブロンズ転落? やっぱ僕がいたほうが良かったかな? ま、今更戻ってくれって言われても戻らないけど」

 ここぞとばかりに追放された憂さ晴らしをしようというエント。アルテナは言い返す気力もなく目を伏せている。

 ミリアムはエントを睨み、口を開いた。

「ちょっと——」

「なんだよオメー? お前とこいつらの関係を俺は知らねえけど、抜けたやつがごちゃごちゃ言ってんなよ」

 ミリアムは文句を言おうとしたが、それを遮ったのはフレイアの言葉だった。

 フレイアはエントより体が大きい。それにまがりなりにも実質ゴールドの実力者で、それなりの貫禄もある。なのでエントは少したじろいだ。が、エントは自分の首にかけてあるネックレスを思い出し、今の自分なら目の前の竜人とて何するものぞと、気を入れなおした。

「キミ、あの暴竜フレイアだよね? 3人に足を引っ張られて、迷惑してるんじゃないの?」

 あくまで嫌味な態度を続けるエント。

「関係ねーだろ。おめー嫌味を言うためにわざわざ待ってたのか? 暇か?」

 負けじと言い返すフレイア。まさしくその通りの図星をつかれたエントは、言い負かされて言葉に詰まる、というより、

(確かに、なんでわざわざこんなことして、こんなこと言ってるんだ?)

 と自分の行動を思い返した。

「ふん。そんなの僕の勝手だね」

 苦し紛れのように中身のないことを言うエント。

「ま、僕抜きでどこまでやれるか楽しみにさせてもらうよ」

 エントは立ち去ろうとギルドの出口へ向かう。

「ちょっと待ちなよ」

 しかしわざわざそれを引き留めたのは、ミリアムだ。いかにもイライラが最高に達したとでもいう表情だ。

「やっぱコイツ、氷漬けにしないと気が済まないわ」

 いつぞやと同じように、周囲の空気が冷えていく。アルテナとダールはぎょっとする。

 エントは、しかし、平然としている。それどころか、やってみろと言わんばかりに薄笑いを浮かべている。

「やめろって!」

 ミリアムの隣にいたダールが制止する。

 異様な空気に、周りにいる冒険者たちもざわつきつつ注目しだしている。

「……エントよう。お前が俺たちを恨む気持ちはわかるが、もう別々になったわけだし、ここはお互い言いっこなしにしようや」

 ダールは言った。ダールはダールで、言ってやりたいことがないではなかった。エント追放の主な理由は、エントの性格や態度だった。それで今また嫌味を言っているようなら、そういうところだぞ、と。しかしそんな、正論で煽るようなことをしても、余計にこじれるだけだと判断したダールは、色々と曖昧にして、お互いがすっきりしないながらも、時間が経てばいずれ気にならなくなるはずだと、そこに期待をした。

 エントとしても、自分自身の発言に自分で疑問を持ち始めていたから、ダールの、いわば、ここらで手打ちにしよう、という言葉はある意味救いだった。

「……ふん」

 口を曲げて鼻息を短く強く吐き、エントは立ち去った。

 ミリアムも爆発しそうな感情をゆっくりおさめるように、ため息を吐いて魔力をおさめた。

 ダールは、俯いているアルテナを気にかけた。

「あんま気にするなよアルテナ。これから見返してやろうぜ」

 そう言って励ます。

「ん……そうだな」

 しかしアルテナは、エントの幼馴染であるだけに、自分がもっとうまくやれば、エントを追放せずに、今のようなブロンズ降格という憂き目を見なかったのではないかと思わずにいられなかった。エントが言っていたように、エントが抜けたら降格した、というのは事実だから。

 するとそのとき、フレイアが声をあげた。

「……っだよあの野郎は! 腹立つ奴だな!」

 フレイアの様子に、アルテナは顔をあげてフレイアを見た。

「おいアルテナ! あんな奴は追い出して正解だ! そんで俺は決めたぞ! おめーを鍛えて必ず強くしてやる! シルバーなんてちゃちゃっとこなして、まずはゴールドにいくぞ!」

 フレイアは、ことのほか憤慨している。アルテナはきょとんとしてしまう。

「え……でもそれじゃあ、半月後の手合わせは……」

「それはもういい! いや、手合わせはいつでもやってやるけど、とりあえず俺をサンシャインに入れろ!」

 フレイアはそう言うと、アルテナの腕を引いて受付へ行った。ダールとミリアムはその勢いに、唖然としている。そしてまたずかずかと戻ってくる。パーティへの加入手続きを済ませたのだ。

「これからはまず俺たち4人でさらに連携を深めてくぞ。アルテナだけじゃなく、お前らも俺の動きについてこられるようにしろ! つーか今までのクエストで現状はよくわかっただろ。それを踏まえてこれからレベルアップだ!」

 熱血の体育会系のようなノリで話すフレイア。しかし落ち込んでいたアルテナは、その勢いに釣られて元気が出てきて、笑みを浮かべた。

「まったく……だが、望むところだ!」

 自分より強くないとダメだとか、最初に言っていたことはなんだったのかと思わないではなかったが、フレイアのほうからそのように気合を入れてくれるのは非常にありがたかった。

「アタシだって、あんな風に言われて黙ってられない」

「そりゃ同感だな」

 ミリアムとダールも、きっ、と顔を引き締めた。

 ブロンズ降格という憂き目にあい、かつてのメンバーにはそしられた。だがそれがかえってパーティに団結をもたらしたようで、アルテナは、改めて正式にフレイアを加えた、新生サンシャインの今後に胸を高鳴らせた。

 

 一方、ギルドを後にしたエントは、自己嫌悪に苛まされていた。

(何を言ってるんだ僕は……あそこまで言う必要あったか?)

 今まで所属していたパーティが、自分が抜けてから戦績を落とし降格した。そのことに対し、ざまあみろという感情が湧いてくるのは嘘ではないし、自覚している。しかし、フレイアに指摘された通り、わざわざ悪口を言うために待ち構えてまで、あのようにそしる必要があっただろうか。

 まして、相手はあのアルテナだ。幼いころからよく知っているアルテナ。今でも、一連のことが全てなかったことになって、再び一緒に冒険できるのなら、ぜひまたそうしたいと思っている程度には、慕情は残っている。

 エントの気持ちは要するに、可愛さ余って憎さ100倍とでもいうような、追放という、エントからすれば、アルテナからの裏切りを受けたことによる反動であった。しかしエント自身は、好いているはずなのにどうして憎まれ口が出てきてしまうのだと、自分の気持ちを正確に分析できない。以前、ダールとミリアムが邪魔で、アルテナの希望と裏腹な態度を、自分でも分けがわからずに取っていたときと同じである。

(もう、関係ないんだ。考えないようにしよう。今後は、見かけても話しかけないようにしよう)

 エントはそう考えながら、新しく出会い、つい最近パーティを結成した2人、カイとスイのことを思い出していた。

(あの2人にさっきみたいな姿を見せたら失望されるな)

 さきほどは、2人がいなくて本当によかったと思った。また、いたらいたで、さっきのようなことは言っていなかったのではないかとも思った。

(あの2人の身体能力を僕が強化すれば、かなりの成果を出せるはずだ。それに、僕自身も自分で強化できるようになった。見返すなら、これからの実績でやってやろう)

 エントは自分なりに、自己を反省し、前を向いていくことを決心した。

 サンシャインとサンライズが、それぞれの道を進んでいく。

 

第3章 完